しるべとなるべきひかり

 不安でないといえば、嘘になる。ようやく、再会出来たのだ。家族という言葉はサザにとっては特別だ。血の繋がりはない、それでも、ミカヤはたった一人の「姉」だ。姉が苦しんだり悩んだりする姿は、見ていられない。

「なあミカヤ」
「どうしたの、改まって」

 デイン解放軍という公の組織に編入され、ミカヤは軍の副大将という大任まで受けた。
 その事に対しては、納得を一旦はした。けれどもどうしても一点だけ、まるで染みのように心に残る不安が、時間を追えば追うほどに募り思考を圧迫する。姉は決して強い意志力の持ち主でもなければ、心とて強くないのだ。
 だからもう休もうと一度は別れた姉の姿を、暗がりと篝火の中を必死に追って来た。

「おかしな子ね。またお説教?」

 ミカヤの様子は、いつも通りだ。気負った様子も、あまりない。なんとなくサザは出鼻を挫かれたように思った。

「いや、やっぱり納得いかなくて」

 小さく笑うミカヤに対してなにやらばつが悪く、サザは視線を避け足元の砂を蹴り上げた。砂は、かがり火の光の中風に舞い、やがて暗がりの中に霧散する。ミカヤは、だいぶ背の伸びた弟をしばらく見つめた後、頷いた。

「王子のことかしら。それとも」
「王子は、…百歩譲って信用してもいい。悪さが出来そうなタチじゃないしな。ただあの参謀と王妃。参謀殿の方はどう見ても胡散臭いし……王妃は…」

 サザはそこで言葉を濁した。この思い付きを、他人に言ってよいのかどうか、わからない。この場には二人きりだったが、それでもなお憚られた。サザは、あの王妃に何やら漠然とした不快感を持っていた。生理的に嫌いだ、という類いのものであれば、まだ簡単に自分を納得させたように思う。むしろそれはイズカという参謀の方だった。受け付けない。対面して即座にそう感じた。
 だから、サザは感じていたのだ。あの王子は、もしや、利用されているのではないのか、と。

「大丈夫よ。確かに、危うさも含んでいるけれど害意は感じないもの。引き離された子を思う母親。きっと、あのお方にとって、王子は存在の全てだったの。そう思う」
「それにしたって」
「そういうものよ。私には、お腹を痛めて産んだ子供はいないけれど、……母親っていうのは、多かれ少なかれそういうものなのよ」

 全てを言うべきか否か逡巡しているサザに、ミカヤは笑みを見せた。

「それに言ったでしょう。王子の内に秘めた想い、それは、とても強いもの。私たちなんかのものとは、比べ物にならない」
「俺たち、以上?」
「私たちは、デインを救いたい、祖国を取り戻したい、とは思っていても、その先のことなんて、考えてもいなかった。それから、そういう思いを可能にする、現実的な手段のことも」
「その、先」
「そう。確かに……義賊として水面下で活動はしてきていても、私たちって何がしたかったのかしら?」
「国を、取り戻す。それじゃ、いけないのか?」

 サザの問いに、ミカヤはどこか誇らしげな笑みを見せる。それは、子供が親や教師から教わった物事を自慢するような表情に見え、サザは一瞬、そんな表情をしているのが姉なのだと思えなかった。

「当面はそれでいいわ。けれど、王子は違ったの。もっと先の事を、見ていた。国を取り戻し、どういう国を作ってゆきたいのか」

「王が在って、人がいる国を、望んでいる。王は、確かに王だけれど。けれど貴族だとか僧侶だとか平民だとか、そういうものを望まれてはいないわ。例え平民でも、貴族と並んで、言葉を交わしたっていい、そういう風に国を取り戻したいと思っている」

「その先にあるものは、デイン人であるという誇りを抱く人々全てで作る、国よ」

 ミカヤのあまりにも明確な言葉に、サザは絶句した。
 王と、貴族と、民と?一体それは、どういうことだろう。

「それが、あの王子に見えた、先にある理想なのか?」
「そうじゃないの。私が、読めたわけじゃない。全部、王子が言葉として私に語ってくれたのよ」

「私もよくはわからない。けれど……それは、とても希望に満ちていた。輝いていた」

 呟くミカヤの琥珀の瞳が揺れているのは、決して陣営の篝火のせいなどではない。
 どこか常に諦めの漂う姉の、それに反するかのような夢見るような瞳を、サザは初めて見た。そこにいるのが、ミカヤではない、という錯覚を覚えそうになる。

「途方もなく大きい。だから、先が見えない。けれど、それに私は賭けてみたい」

 きっぱりと、ミカヤは言い切った。
 まるで夢物語か何かのようで、それでいて、とても強い言葉だ。
 サザは、改めて姉の変化を実感した。その変化は、ただ一時の熱に浮かされているだけのものとも、思えなかった。けれども漠然とした不安も同時に覚える。

「イズカ殿は、確かに少し風変わりな方だけど…けれど王子に対しての忠誠はくもりがない。王子のためならば、きっと、何でもするわね」

 姉の常ならぬ様子は、やはり怖い。だが、サザは、己の気がかりを不安を払拭するための言葉を知らない。
 占い師の姉の言葉は、決して間違っていたことはない。今のいままでも、サザが納得出来ぬような事は多々あり、けれど、結果的に姉が正しかった。

「そうか。ミカヤがそこまで言うなら……俺も、悩まない」

 サザの言葉に、ミカヤは一瞬目を細めた。それは、笑ってはいない。鋭いものだ。サザが目を凝らした瞬間、その険は既になくなっていた。
 思い違いかもしれない。不安だから、そう思うのだ。サザは思考を変えた。確かにあの王子は線が細くどこか頼りない。だが、信用出来ないという印象は、不思議と受けなかった。

「さ、もう遅いわ。明日も強行軍になるのだから、早く休むのも仕事のうちよ」

 ミカヤは念をおすと、サザを促した。
 確かに、砂漠越えだけでも体力を消耗している。そして、一刻も早く次の目的地テュリンへ向かわねばならない。到着すれば、また、祖国を取り戻すための戦いだ。

「わかった。それじゃ、おやすみ、ミカヤ」
「おやすみなさい、サザ」

 ミカヤと別れ、いまだ寝付かぬ兵たちや見張り番の者たちを見ながら、サザは考えた。ここにいる連中は、やはり「先」を見ているのだろうか、と。
 考えたところで、仕方のないことだった。そもそも、先があることなども、想像もしていなかった。
 まして、ミカヤに感じた不安の質が変化していることに、サザ自身は気づいてはいない。 

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