last you

 手渡されたのは、小ぶりではあるが作りはしっかりとした短剣だった――ゴーティエ家の紋章まで入っており、この短剣に込められたシルヴァンの想いが嫌でもわかるというものだ。

 そうでなくとも、学生時代シルヴァンには散々と色々な意味で振り回された。やれ部屋に匿ってくれ、やれ食堂に付き合ってくれ、訓練に付き合ってくれ、資料室に付き合ってくれ――時には街にまで連れ出され、兎に角様々な言い訳をしてアッシュを連れまわしていた。その行動力は、アッシュがベレスの指導を受けたいからと金鹿の学級に移ったとたん、後を追うようにシルヴァンも金鹿の学級へと移ってきたことからもわかる。

 だが、その理由にまでアッシュ本人が気づいたのは、突然の別れがやってきてからだった。

 突然の別れ――黒鷲の学級の級長であったエーデルガルトが突如皇位を継承しセイロス教会へと宣戦布告をなしてから、なし崩し的に始まった戦争。その戦争は金鹿の学級の皆にも多くの影響を与えた。戦争が始まり、卒業式どころではなく実家へと帰らなければならないものは、平民が多い金鹿の学級の中でも当然と言えば当然のことであった。当然シルヴァンは北方の要衝でもあるゴーティエ領へ帰らなければならないはずだ。その時に、アッシュは気づいたのだ。己の、そしてシルヴァンの気持ちに。

「急ごしらえだからこんなものしか渡せなくて悪い。けど……その、よければ、俺と一緒に――」

「シルヴァン。これはゴーティエ家の紋章じゃないですか。こんな大切なものを、僕に?」

 それ以上を言わせてはいけないと思い、アッシュは慌てる様に、けれども極力不自然にはならないように言葉を被せた。確かに急ごしらえなどとはいうが、どう見ても年代物でしかも上等なつくりの短剣だ―—それこそ貴族が護身用に持つようなものでもない。

「……受け取ってほしい。これを、俺だと思って……いや、何言ってんだろうな、俺。そうじゃねえんだよ、アッシュ、俺は」

「ダメです、とは言わせてくれなそうですね。わかりました。受け取ります。シルヴァンが僕の身を案じてくれているのは、重々承知してるつもおりです。でも、大丈夫ですよ、僕だってこれまで先生の指導を受けてきましたし、護身術だってそれなりに身についてます。それに、帰るのは故郷ですから」

 故郷、とはいうもの実際問題アッシュにとって今ガスパールに帰ることは安全とはいいがたかった。いっそガルグ=マクに居た方が安全かもしれない。まず幼い兄弟たちを連れていかねばならないし、道中の道も決して安全とはいえない。そしてガスパール領の旧領主であったロナート卿は先に教会に向けて叛乱を起こしており、住民も蜂起に一役買っており運命を共にしたものも多数存在する。そんな場所に帰るのだ、ロナート卿の養子であったアッシュに向けられる目は厳しいだろう。まして戦時下だ。それでもアッシュは帰郷を望んだ。シルヴァンが差し伸べようとした手を、差し伸べさせなかった。

「大丈夫ですよ、そんな顔をしないでください。あの時ディミトリ殿下が仰られたように、五年後の千年祭に、再会しましょう」

「アッシュ……」

 極力穏やかさを装った若草色の瞳に、シルヴァンは言葉を失ってしまったらしい。何かを言おうとしてはやめ、また何かを言おうとするようなそぶりを何度か見せてから、アッシュの手をそっと握ってきた――まるで、宝物に、触れる様に。

「無理はするなよ。何かあったらすぐ俺を頼れ、俺じゃなくてもいい、クロードのやつでも、イグナーツでも、ローレンツでも――」

「シルヴァンはいつからそんなに心配症になったんですか?僕が大丈夫だって言ったら大丈夫ですよ」

「でもお前の大丈夫はあまりあてにならないからなあ」

「……それは……すみません。でも、本当に大丈夫です。故郷に戻るんですよ、何も敵地に行くわけじゃないんですから」

「似たようなもんじゃないか」

 ぽつりと落とされたシルヴァンの声を、アッシュは聞こえないふりをした。そう、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ、お互いに。

「シルヴァン、それじゃあ五年後にまた会いましょう。お互い、無事で」

「あ、待てよアッシュ……!!」

 アッシュはそれ以上を言わせる気はなかった。それ以上聞いてしまえば、自分の中の決意が鈍ると思ったからだし、実際鈍ってしまうだろう、そのあたたかくて大きな手を取ってしまうだろうことがわかるからだ。だから、あえて突き放した態度をとったのだ。シルヴァンには悪いことをしていると思っている、それでも、自分は自分の道を行かねばならないと思っていた。

「……アッシュ……」

 ぽつりと落とされた、途方もなく寂しそうで置いて行かれた子供のような声を背に、アッシュは歩きだしていた。その歩みは決して軽いものではなく、重たいな、と思った。

 案の定、帰郷は決して歓迎されるものではなかった。ただ、兄弟たちを預かってくれる教会が見つかったのだけは不幸中の幸いだった、とアッシュは思う――逆に言えば、ロナート卿不在の故郷は、それほどまでにアッシュ達に対する風当たりが強かった。まず、街の外で尋問され出自を述べればそのまま兵士の詰め所へと連行されたのだ。そこで兄弟たちとは引き離され、アッシュは不安になったが、戦災孤児という扱いということで教会へ送ったと言われ、とりあえずはほっとした――その言葉をすべて信用できたわけではなかったのだが、後日本当に教会に兄弟たちの姿を見つけたときは安堵したものだ。だが、アッシュ自身はそうはいかなかった。まず、ロナート卿の養子であり、実子クリストフ亡き今ロナート卿の跡を継ぐのはアッシュであると言われており(実際にはそういった証拠や遺書などが残っているわけではなかったのだが)、アッシュを見る人々の目は厳しかった。そんな中、ロナート卿の邸宅に泊まる気にもなれず、下町で宿を取ろうとしたのだが戦時中だからと相場の倍以上をふっかけられ、渋々ロナート邸宅へと戻ると、懐かしい顔ぶれがアッシュを待っていた。そこでようやく人心地つけたアッシュだったが、待ち受けている課題は山のようにあったのだ。

 やがてそうこうしているうちに月日は過ぎてゆき、時折シルヴァンから手紙が届くものもろくに返事も出来ず、目の前のことを片付けるだけで精いっぱいだった。

 そんな折、来客があると執事から連絡を受けて出てみれば、そこにいたのはローベ伯その人だった。正直、今一番会いたくはない人間だったが、帝国との関係も悪化し緊張している今、恐らくは戦いに加わるだとかそんな話だろう、とアッシュは思っていた。

 来訪の目的を問う前にローベ伯はアッシュにまず慇懃に礼を述べ、ロナート卿に対する弔いの言葉を述べた。そんな上っ面だけの言葉は聞きたくはなかったが、かといって無礼な真似も出来ずに最低限の礼を述べるにとどめておいた。

 すると、立ち去り際ローベ伯がアッシュの耳元に「今宵部屋に立ち寄る様に」と小さく囁いてきた。その声を聞いた瞬間、言いえぬ悪寒がアッシュの背筋をぞくりと這い上ってゆき、ちいさく、ほんとうに小さく頷くだけでアッシュには精一杯だった。

「来たか」

 かつては敬愛するロナート卿が居た寝台に、酷薄で食えぬ男が座っているというだけでも虫唾が走る思いがする。それでもアッシュは用意された薄布の寝巻で――それは上等な布ではあるものの本当に極薄く、身体を覆う箇所も殆どなくてまるで娼婦のような格好だと思った――約束の刻限通りローベ伯の元を訪れた。それは、ローベ伯の口添えがあったからこそ兄弟たちが教会に保護された、という話を直接当人から聞き及んだからである。逆らえるはずもなかった。

「ふむ、なかなか似合っているな。思えばロナートのやつがお前を連れてきたときに貰っていけばよかったと後悔しておるよ。だが私にはすでに養子がいたからな……まあ、そんな話はどうでもいい。さあ、もっとこちらへ」

 ロナートが言う養子とはユーリスのことだ、とアッシュは心密かに思った。ユーリスとはひょんな縁から仲良くなり結果的には学友にもなったのだが、ユーリスに別れ際に散々「ローベ伯には気を付けろ」と忠告されていたのだ。

 それにしても、と自分の迂闊さを呪いながらも、殺されることはあるまいと高を括ってもいた。そうでなければ、わざわざこんな衣装を用意はしないだろう――つまり、ローベ伯の目的は自分の身体だ、アッシュはそう思っていた。だからというわけではないが、幼いころから身体を対価にすることを覚えていたアッシュにしてみれば、この程度のことはなんということはなかった。ただ黙って、或いは相手が悦ぶような真似をして過ごせばよいだけのこと。それ以上のことをされずに兄弟が安全に過ごせるのならばこれ以上の僥倖はあるまい。

「どれ、もっと近くへ寄って顔を見せてくれぬかな」

 言葉に従いアッシュがローベ伯に近寄ると、ローベ伯は手にしていたワイングラスをサイドテーブルへと置きアッシュの顎に手をかけた。そのままその指先がアッシュの頬を撫で、耳元を掠めてゆく――同じことを学生時代シルヴァンにされた時は背筋に走ったものは悪寒ではなかったが、今はただひたすら気分が悪いだけだった。だがアッシュは何も言わず、されるがままに黙って唇を噛む。

「そのように硬くならずともよい。何、少し確かめていただけだよ。しかし肌の感触も良い……この雀斑も、素朴さを引き立てて愛らしいではないか」

 言いながらローベ伯はアッシュの鼻筋をなぞり、その指先は唇へと触れた。いっそ嚙みちぎろうかという思いがゆらりとアッシュの心の中で揺れるが無視をして、ぐっと拳を握る。

「今日はそなたの為に特別に誂えたものをもってきたのだ。それ、この寝台に座るがいい」

 アッシュは言葉通りローベ伯が添えた手の位置に座ると、ローベ伯は懐から小さな瓶を取り出し、自分が先ほどまで飲んでいたワイングラスにその瓶の中身を数滴混ぜ込んだ。

「これは身体を好くする薬だ。何、悪いものではない。今のお前には必要なものだよ」

 ローベ伯の言葉を、アッシュは疑いつつも真の意味を捉え損ねていた。どうせ媚薬の類だろう、と――それが、悲劇の始まりとも知らずに。

 そしてローベ伯に促されるままに、アッシュはワインに口を付けたのだった。

 どれ程の時間が経過したのかがわからない。

 ぐらぐらと酩酊するような感覚に支配されて、アッシュはすぐさま意識を落としてしまった――だから、自分の身体に起きている変化に気づくのに、少々時間を要した。

 まず、身体が軽い気がした。酔いのせいだとか、そういうわけではないだろう。着ていた衣服は少々窮屈に感じられたものが、今では丁度よく感じる。ゆっくり上体を起こしてから、アッシュは上げそうになった声を抑えるので精いっぱいだった。

 そこにあったのは、見慣れながらも見たことのない、細い脚だったからだ。当然だが、間にあるはずのものがない――その事に気づいた瞬間にアッシュは青褪めた。つまり、今の自分の身体は男性ではない――急いで確認すれば、そこには案の定あるはずのものがなく、そしてないはずのものが在った。

「好い、好い。思っていたよりも薄い体つきで心配したが、なかなか美しい娘になりおった。胸も程よいな、大きすぎるのは私の好みではないからな」

 言いながらローベ伯は無遠慮にアッシュの身体に触れてくる――掴まれた乳房に、自分の身体が本当に女性になってしまったのだと思い、アッシュは絶望した。否、絶望どころではなかった。もうどうしてよいのかわからなかったからだ。

 それはそうだろう、急に女性の身体になってしまい、間違いなくこれからローベ伯に抱かれるのだ。男性ならば妊娠する危険はないが、女性の身体であればそうはいかないだろう――いや、これは魔法か何かの類で、そこまで本当に女性の身体になっているわけではないのではないか、とアッシュは一縷の望みをかけたのだが、その安易な希望はローベ伯の言葉によって打ち砕かれた。

「お前には私の子を孕んでもらう。よいだろう、そうすればお前はいい暮らしができる。戦などに出ずともよい。ガスパールの地もお前にやろう、そして統治など私にまかせ、お前は私にただ抱かれていればよいのだ」

 それだけは嫌だ、ダメだ、と言いたかったがあまりの事態に声すら出なかった。ただ、寝台の上でローベ伯から距離を取ろうと後ずさりすることしかできない。だが、ローベ伯はそれすら許さずにアッシュの乳房に突如触れてくる。

「あぅ……っ」

 妙な声と共に鼻から息が抜けた。柔らかな感触は、男性にはないものだ。自分でもわかる程には盛り上がった、だがささやかな乳房がローベ伯の手のひらによりもみほぐされ形を変える様は見たくもなかったが、アッシュは視線をそこからはがすことが出来なかった。これが今、自分に起きていることなのだと信じられないのに、目の前で繰り広げられている光景は現実なのだ。現に乳房から伝わってくる感覚は快楽そのもので、アッシュの下腹部はじくじくと熱を持ってきている。

「感度もよいようで何よりだ……どれ、味見をさせてもらおうか」

 言葉通り、ローベ伯はアッシュの乳房に顔を近づけるや薄い桃色の乳首に舌をぺろりと這わせた。あまりの悪寒にぞくりとしたものが背筋を走ったが、ローベ伯は酷薄な笑みを浮かべながら行為をやめない。やがてローベ伯のねっとりとした分厚い舌がアッシュの乳首を舐るよう、円を描くように動き出した――明らかに快楽を高めるその行為に、アッシュの股間が熱くなる。それも男性の時とは全く違う、もどかしい快楽だ。快楽が欲しいという欲求と、そんなものに負けてはいられないという理性が頭の中で戦うが、身体は快楽を求めて胸元をつい動かしてしまう。それではローベ伯の思うがままなのだが、事実アッシュの若草色の瞳には既に快楽の炎が灯りだしており、蜜壺には愛液がしっとりと滲み出てきていた。

「ぅ、あ、……やめ、…て、くださ……」

 口では必死に拒絶するのだが、身体が言うことを聞かない。ローベ伯のいう薬には媚薬の成分も含まれていたのか、身体中が性感帯になったかのように、恋人でもないローベ伯に触れられた箇所が熱を持ち火照っている。もじもじと膝を動かしているアッシュに気づいたのか、それまで胸への愛撫へ執着していたローベ伯は、アッシュの下腹部に手を伸ばした。

「そこは……おやめください……!!」

「何を言う。ここからが本番ではないか」

 言葉が終わるか否か、ローベ伯はアッシュの下着をあっさりと剥ぎ取りアッシュはあっという間に素裸にされてしまった。心もとない股間をきゅっと閉じようとするが、間にローベ伯の膝があり閉じることも出来ず、胸元から下腹へと伸びた手はあっという間にアッシュの恥部へと伸びていった。薄い下生えの奥にある秘所は胸への愛撫で既に潤っており、くちゃ、ぴちゃ、といやらしい音を立てている。アッシュは快楽と絶望に青褪めた顔でローベ伯を見るが、ローベ伯は変わらず酷薄な笑みを浮かべたままにアッシに口づけしてきた。アッシュは口づけなどしたくないという意思表示のように唇を硬く結ぶも、ローベ伯の舌の力で無理矢理口をこじ開けられてしまい、口内を蹂躙された。ねっとりとした舌使いと熱い唾液が絡まり、アッシュは徐々に酩酊してきてされるがままになっていた。そこに、下腹部から強い刺激が加わり、アッシュは思わず甘い声を上げてしまう。

「ふふ、ここが好いのだろう……おなごはここが好い場所なのだ。どれ、中の具合はどうかな」

 剥き出しにされた秘所の突起を指で押されて、ただでさえ快楽に流されそうになっているアッシュはローベ伯の言葉に再び背筋に悪寒が走るのだが、最早遅い。アッシュが逃れようとするも、細い腰をがっしり抑えられてローベ伯の指がアッシュの秘裂にずぶずぶと入り込んでゆく。

「ンぁ……あ、……あぁん……っ、おやめ、くださ……ひぁ……!」

 ローベ伯の指がアッシュの膣内でくい、と折り曲げられると、今までにない快楽の波が襲ってきた。

「好い具合になってきたようだな、中もいい塩梅に蕩けておるようだ」

 ローベ伯はそこまで言うと自らも衣装を寛げ一物を取り出した。それは体格に比例して赤黒く怒張しており、先端は我慢汁でてらてらと濡れて光っている。男の一物など見慣れているアッシュですら、見た瞬間に化け物か何かか、と思ってしまったほどに、それは不気味に光っていた。

「どれ、挿れるとしようかな」

 ローベ伯が姿勢を変えてアッシュの秘所に己の一物を宛がい、何の前動作もなくぶちゅりと挿入する。

「あぁ……あ、あ、た……いや……!!いや……!」

「いや、ではないだろう……お前の胎内は欲しがっているぞ」

 その言葉通り、アッシュの意思とは裏腹に膣内は熱い肉棒を欲して蠢き、絡み捉えようと動くのだ。一瞬痛みが走るが、処女膜が破れたのだろう。そして次いで腹の奥の部分が切なくなり、アッシュははくはくと息をする。拒絶したいのにできない。絶望感と共にアッシュは生理的な涙を流していた。

「あ……はぁ……っ、……はっ、……ん……っ!!」

 ローベ伯が腰を乱暴に動かすと、ぱちゅん!ぱちゅん!と肉と肉がぶつかり合う音、そして同時に淫らな水音が響き渡る。アッシュの白い身体は振り子のようにただローベ伯の動きに合わせる様に動き、ささやかな乳房が揺れた。アッシュを食らうローベ伯の表情は酷薄な獣のそれで、舌なめずりをしながら腰を動かしている。それは、完全に無抵抗な牝が牡に食らわれる様だった。

「アッシュよ、胎内に出すからな……私の子をしっかりと、……孕むのだぞ……ッ」

「……い、いや……だ……」

 なけなしの抵抗心から声をあげるも、それは意味をなさない。アッシュがせめてもの抵抗に腰を捩ると同時に、ローベ伯はアッシュの胎内に大量の精液をぶちまけたのだった。どくどくと脈打つ熱い液体が自分の胎内にある子宮口から中に注がれていることをじわじわと感じ、アッシュは無意識のうちに涙を流していた。

「……これで終わると思うな。お前が孕むまで何度でも抱いてやろう……何度でも、な……くく」

 どこか遠くから聞こえるローベ伯の声が、夢ならばよい、とアッシュは思いながら、意識を手放したのだった。

 それから、アッシュは夜毎ローベ伯に抱かれた。アッシュが女性になってしまったということは当然だが屋敷の内部には知れ渡ってしまったのだが、ローベ伯が「賊に侵入され領主代行殿を奇妙な薬で害そうとした」という旨を非常に言葉巧みに説明すると、ローベ伯が一気にアッシュを救ったガスパールの恩人という立ち位置になってしまい、アッシュは何も言えなくなってしまった。実際にローベ伯に言われるがままに薬の入ったワインを飲んだのは自分なのだ――もっと警戒すべきだったが、まさかローベ伯の目的が自分を女性にすることなどとは想像もつかない。そもそもそんなことをするメリットすらよくわからないのだが、ローベ伯の目的はアッシュに自分の子を孕ませることだということだけははっきりしている。

 だからこそ夜毎閨に呼ばれ、アッシュは抱かれる。兄弟たちを救ってくれた恩人に歯向かうことはできない。それでも幸いというか、アッシュの心が作用してなのか、なかなか子を授かることはなかった。

 やがて戦争が激化し、ローベ伯の兵も出陣を余儀なくされることとなる、その前の日の晩だった。

 その日も当然のようにアッシュは閨に呼ばれ、ローベ伯に抱かれた。その子種を子宮にたっぷりと出され、早く子を授かれと言われながら。アッシュの心は当然だがもう死んでいるようなものだった。何を希望に生きていいのかもわからなかった。ただ、兄弟たちの事だけを考えていたように思う。

  やがて夜が明けるとローベ伯は出兵の為の準備にとりかかっていた――そこでアッシュは聞いてしまった。相手が、ガルグ=マクを中心とする同盟軍であるということを。つまりはクロードやベレス達が攻めてきているのだ。

 これは千載一遇の機会だ、とアッシュは思った。もしかすれば、この地獄のような日々から抜け出せるかもしれない。そう考えると、アッシュは部屋を抜け出して兵舎へと向かった。兵士としては体格も小さくなってしまったが、小さめの鎧が巧い具合にみつかった。それをさっさと身に着け、武器棚に立てかけてある弓を取ると少しだけ心持が落ち着いた。そうだ、この身体でも戦えるのだ。

 ただし、相手はベレスやシルヴァン、クロードたちだ――そう思うと胸の奥が痛くなるが、これは本当にここを抜け出すための機会なのだと思うことにした。アッシュとしては、彼らとは戦いたくはない。だから、寝返るつもりでいた。捕虜として扱われてもそれでもよかった。こんな場所にいて、子を産むまで夜毎ローベ伯に抱かれる苦痛に比べれば、軍の捕虜として扱われる方が遥かにマシだ――最も、女性になってしまった自分にベレスが気づいてくれるかどうかは賭けだった。ただし、こちらにはシルヴァンから渡された短剣がある。運よくシルヴァンが軍に加わっていれば、それを見た彼がきっと、気づいてくれるだろう――全てが運任せの計画だったが、それもこれもここにいるよりはマシなのだ―—それこそ、戦場で死んだっていいとアッシュは思っていた。

 戦場は灼熱のアリルだった。熱風だけでも肌が焼けてしまいそうだ、とアッシュは思う。出陣前は戦場に出るなと厳しくローベ伯に釘を刺されていたために目深に被っていた兜は、視界の邪魔になるために戦場に来てから捨ててしまった。そして今、アッシュは弓を手に戦場を掛けている――つけられた部下たちは練度が低く、士気もあってないようなものだった。それでも一応戦う振りはしなければならない。アッシュは弓手兵にとして配置された箇所からやや前線に赴きながら同盟軍の動きを探っていると、聞き覚えのある声が聞こえた――シルヴァンだ。

「お前……アッシュ……か……?でも、その……」

 その、の次の言葉をシルヴァンは言えなかったのだが、視線はアッシュの胸元に注がれているから自ずと想像はついた。だからアッシュはシルヴァンに向けて短剣を掲げてみせた。忘れるはずがないであろう、ゴーティエの家紋が記されている短剣だ。

「アッシュ……!お前が、どうしてローベの兵に……?!」

「詳しくは後から話します。僕を、先生のところにつれていってください……捕虜として」

「けど、お前……」

「いいから早く、部下たちに気づかれます!」

 言うが早いかアッシュはシルヴァンに弓を掲げる。シルヴァンもアッシュの思惑を汲んでくれたのか、手持ちの槍を掲げた。そして打ち合いを多少してから後、シルヴァンはアッシュの首元に槍の切っ先をつきつける。

「来てもらうぞ、色々話を聞きたいからな」

 その声は、アッシュが聞いたこともない酷薄な声だった―—敵として連れてゆかれるのだという、アッシュやシルヴァンの部下たちを騙すためのシルヴァンの演技だったのだが、アッシュはそれでも自分に向けられている敵意が痛かった―—恐らくいまでも好いてくれているであろう―それは一瞬でアッシュがアッシュであることを見抜いたことからも憶測ができた―相手にこんなことをさせているということが、苦しかった。

「本当に、アッシュなんだね」

 ベレスは流石というか、姿かたちが変わってもアッシュをアッシュとすぐさま認めてくれた――元から細かいことを気にしない人物ではあったが、ここまでおおらかだとはアッシュも思っていなかった。だが、シルヴァンの説明と元々中性的な顔つきのアッシュであったからかもしれない。

「それで、身体の方は大丈夫なの?なんだか調子が悪そうに見えるけれど」

 まったく、捕虜の心配を第一にするのか、とアッシュは苦笑したのだが、同盟軍の人間は誰もアッシュを捕虜としては扱わなかった。それは、シルヴァンが大事そうにアッシュを連れてきたことからも伺える。クロードは流石に女性になってしまったアッシュには驚いていたが、経緯を話すとひどく同情し、そしてアッシュの家族のことをも心配してくれた。アッシュもその点が気になり、事前にローベ伯の庇護から抜け出すよう指示してきていた。彼らにはガルグ=マクに向かうように、と事前に伝えてある。そう言えばクロードも安堵の表情を見せ、しかし苦労したんだな、と本心からの声を聞かせてくれた。

「調子が悪いのは……以前からですから」

「でも、一応マヌエラ先生に見てもらうと言い。その、万が一のこともあるからね」

 万が一、とは妊娠のことを言っているのだろう。アッシュ自身まだ自覚はないし、その兆候もずっとないのだが、ここ数日調子が悪かったのは事実だった。

「はい、先生……と言っていいのか、わかりませんが」

「先生、でいいよアッシュ。君とは長い付き合いだし、これからも多分、そうなるからね」

 ベレスは微笑んで、アッシュの肩に手をのせる。その手の温かさが懐かしくて、アッシュもつられるように笑みをこぼした。すると、隣に立っていたシルヴァンが奇妙な顔をしてみせたものだから、アッシュは気になり、その顔を見上げると、シルヴァンはふいと視線を逸らしてしまう。

「シルヴァン?どうかしましたか?」

「い、いや……その、なんだ、お前がお前だってのは、わかってるんだが……」

「好いていた子が急に美人の女の子になって戸惑っているんだよ」

「せ、先生……!!」

「あれ?違ったかな?」

 いたずらに笑うベレスに、シルヴァンは顔を七変化させて抗議するも、ベレスの笑いは止まらない。その穏やかな雰囲気に、アッシュは漸く人心地ついた気がした。あとは、ガルグ=マクで兄弟たちに会えれば問題はなさそうだ。

「それじゃあ先生、僕は一応マヌエラ先生のところに行ってきます。これからの戦いに支障をきたすようでは、ダメですからね」

「そうだね。でも無理はしないで。君はもう立派に同盟軍の将なんだから。誰も捕虜だなんて思ってないからね。シルヴァン、折角だし連れて行ってあげるといいよ、アッシュはまだこの基地に慣れていないだろうから」

「はいはい、わかりましたよ、行こうぜ、アッシュ」

 ベレスが笑みを絶やさずに言えば、シルヴァンは肩をすくめて応える。そして自然にアッシュの腰に手を回して出てゆくのだった。

「シルヴァン、その……なかなかさっきは言い出せなかったんですけど」

「ん?藪から棒になんだ?」

「……君は、気持ち悪くはないんですか?いえ、君だけじゃなくて、皆、……こんな風になってしまった僕を、表面上は受け入れてくれているけれど」

「あのなあ」

 シルヴァンは焦れたように、怒ったように語尾を強めてアッシュの腰を抱き寄せる。

「今のお前は美人だぜ?誰が気持ち悪いなんて思うもんか」

「そういう問題じゃないです。僕は元男だし、……その……ローベ伯には……」

「……その事には本当に同情、いや、同情なんてもんじゃない、俺は許せねえよ。けど、それとお前を受け入れられないこととは別だろ?俺はお前が何であれ、お前はお前だと思ってる」

「シルヴァン……」

 シルヴァンはわかっているのだろうか。今の言葉で、アッシュがどれ程救われたかということを。お前はお前だ、その言葉を強く言うシルヴァンは矢張り騎士たる人間に相応しい、とアッシュは思った。

「ありがとう、ございます」

「なあに、礼を言われるようなもんでもないだろ?それより本当に身体は大丈夫なのか?」

「少し、調子が悪いだけですから……」

「……それな、俺は少し嫌な予感がするんだよ。俺の嫌な予感って結構当たるからな……」

「嫌な、予感……?」

「いや、……まあ、……気にしないでくれ、とはいえねえけど……と、もうすぐマヌエラ先生の部屋だ」

「ありがとうございます。君がいたから、僕は同盟軍の中でも好奇の目にも晒されないで済みましたし、すんなりと受け入れてもらえたんだと思います。君と、君が贈ってくれた短剣があったから……」

「だから、気にするなって」

「いいえ、気にしますよ。君が居なかったらと思うとぞっとします。一応、僕は敵兵だったんですよ?」

「そりゃそうだけど、こっちの兵士を殺したわけじゃない。それに、お前、かなり、その……美人だからな」

 最後の方は口の中でモゴモゴと恥ずかしそうに呟くシルヴァンに、アッシュはあっけにとられた。そんな馬鹿げた理由があるだろうか。先ほどまでシルヴァンを見直した自分が馬鹿だったとアッシュは溜息をつく。

「そんな訳ないでしょう。まったく、もう、君って人は、相変わらず女癖が悪いんですね」

「あのなあ!それは否定させてくれ。金輪際誓って俺はお前以外の女になんか、目もくれてないだからな。この五年間だって、お前を心配しない日はなかったんだ」

「……知ってますよ……。弟から聞きました、ローベ伯の屋敷に移ってからも、君は日を置かず手紙をくれてたってこと」

「……返事がないから何事かあったかとどれだけ心配したか。お前、本当にわかってるのか?」

「シルヴァン、マヌエラ先生の部屋につきました、ありがとうございます」

「おい、アッシュ、お前本当に……」

「わかってます、でも、返事は出来ませんでした、……それは、……さっき、話した通りです」

「……ほんと、あのクソ野郎が……殺せるものなら、殺してやりたいよ」

「シルヴァン……」

 シルヴァンが実際握り拳を震わせ、秀麗な顔を歪めるものだからアッシュはなだめる様にそっとその胸に手を置くと、シルヴァンは驚いたようにアッシュを真正面から―—女性になってから初めて真正面から見た。

「もう過去の事を考えても仕方ありません。これからのことを、考えましょう」

「……そうだな。マヌエラ先生にとりあえず見てもらって、これからは俺たちと一緒に戦えるんだもんな」

「そうですよ」

「あなたたち、いつまでそこで立ち話をしているのかしら?」

 柔らかな女性の声で二人の会話は遮られる。見ればマヌエラが呆れたような顔で扉を開けてこちらを見ていた。

「す、すみませんマヌエラ先生。こいつ、診てやってもらえますか。なんだか調子が悪いんだっていうんで」

「わかったわ。そういうことならシルヴァン、あなたもご一緒する?」

「え?いや、その、俺は……」

「あなたがアッシュに懸想していることくらいあたくしは知っているわよ。それにアッシュも」

「そ、そうなのか、アッシュ?!」

「マ、マヌエラ先生!」

 マヌエラの意味深な言葉にアッシュは目を白黒させるのだが、マヌエラは片目を瞑って見せるだけだった。

「とりあえず外で騒ぐのはいただけないわね。二人とも中に入りなさいな」

 マヌエラに促され、二人は前哨基地に準備された診察のための天幕へと入っていった。

「ただの疲れのようね……。アッシュ、あなた精神的に大分参っているみたいよ。身体はなんともないもの」

「そう、ですか……そうかもしれませんね」

「それなら、いいんだけどよ」

 アッシュを落ち着かせるかのようにシルヴァンが細くなった肩に優しく手をかける。マヌエラの診察の間中、アッシュは非常に不安そうな顔をしていた――それは言うまでもなく、妊娠の可能性があったからだ。けれども、マヌエラは今のところその兆候はないと言ってくれた。そのことによほど安堵したのか、アッシュはその場で大きなため息を吐いたのだった。

「でも、全くないといいきれないから、もう一月したらもう一度診察にきて頂戴な。万が一がないとはいえないから」

「はい、わかりました。今日はありがとうございました」

「いいえ、あたくしは当たり前のことをしただけ。それよりも、女性の身体になってしまってさぞ大変だったことでしょう。今日はゆっくりと休みなさいな」

「はい、そうさせていただきます」

「そうそう、これ、あなたが好きだった紅茶を用意しておいたわ。これをシルヴァンにでも淹れてもらって、二人でゆっくりとなさい。今日のあなたの仕事はとにかくゆっくりと休んで寝ること。わかった?」

「はい」

 マヌエラはアッシュに不安を与えないように穏やかな笑みを浮かべながら、茶葉の入った小袋を手渡してくれた。そこまでしてくれて、とアッシュは再びマヌエラに頭を下げて礼を述べるが、マヌエラはそんなことは医者のやる範疇の事だから気にするな、と優しく背を押してくれた。その暖かさが、アッシュには嬉しかった。

 しとしとと雨が降る。それは、まるで鎮魂の雨の様だった。

 グロンダーズ平原が血に塗れたその日、同盟軍はなんとか勝った。勝ちはしたが、それは決して喜ばしい勝利ではなかった。

 敵将エーデルガルトを退けたはよいものの、シルヴァンはかつての幼馴染であり級友でもあったフェリクスやイングリットと戦う羽目になっていたからだ。そして幼馴染でもあり大切な主君でもあったディミトリの死を見届けた。

 アッシュは相変わらず優れない体調が悪化し、その日は出撃をベレスより止められていたために戦場での悲惨さを又聞きしただけだったが、それだけでもシルヴァンが相当心を痛めているであろうことは理解できた。

 アッシュはシルヴァンに話をしにいこう、と彼の天幕に向かおうとしたのだが、マヌエラに引き留められ、彼女の天幕へと呼びこまれた。

「アッシュ、少し身体を診せて欲しいの。あなた、ずっとこの頃調子が悪いでしょう」

「マヌエラ先生……ですが……」

「いいから、後生だから、ね」

 マヌエラがこういう頼み方をするのは珍しく、また断る理由もなかったのでアッシュは寝台に横になり、マヌエラの診察を受けた。

 診察を終えたマヌエラが難しい顔をしているので、アッシュは俄かに不安になり、マヌエラに理由を尋ねる。

「……アッシュ、……そうね。ハッキリ言っておいた方が、いいわね。……あなた、妊娠しているわ」

「……!!」

 アッシュはマヌエラの言葉を聞いた瞬間に、全身の力が抜けた。あれから誰とも身体を重ねる行為はしていない。であれば、赤子の親は自ずとローベ伯になる。アッシュは自然に身体が震えてくるのを抑えようと、自らの身体を両腕で抱きしめた。

「アッシュ、気をしっかりもってちょうだいな。堕ろすことも、まだ今の時期ならば可能だわ。あたくしも、もしあなたがそうしたいというのなら、そうするわ」

「いえ、マヌエラ先生、それは……できません」

 懸念するようなマヌエラの声に、アッシュはきっぱりと答える。

「アッシュ……あなた」

「……僕には、宿った命を殺すことなんて……できません」

 苦悩に柳眉を寄せながらも、詰まっている言葉を吐き出すようにアッシュは告げる。堕胎など考えられるはずもなかった。例え父親があのローベ伯だとしても、生まれてくる命に罪などはないからだ。

「……あなた、……そう……。でも、せめて誰かには相談した方がいいわ」

「……はい。先生にでも、相談してみます。それに、これから皆さんにも迷惑をかけることになるでしょうから……」

「迷惑だなんて、思わないで頂戴。それがあなたの選択だというのなら、あたくしも、皆も、受け入れるわ」

「ありがとうございます、マヌエラ先生」

 ふらりとよろめきながらもなんとか寝台から立ち上がったアッシュは一瞬倒れそうになってしまい、マヌエラがとっさに支えてくれた。

「大丈夫?もしも自分の天幕に戻れないようならば、ここで休んでいてもいいのよ」

「いえ、大丈夫、です……それに僕は、行かなきゃならないところが、ありますから……」

 マヌエラはその言葉に何かを察したのか、難しい顔をしながらも頷いてくれた。

「アッシュ、無理はしないでね」

 天幕を出るアッシュの背にかけられた言葉は優しかったが、アッシュの心は絶望に満たされていた。

「アッシュ……お前、顔色悪いじゃないか、どうしたんだ?」

 シルヴァンの天幕に向かう途中に本人と出会い頭に、シルヴァンはアッシュが憔悴しきっていることに気づき駆け寄り、肩を抱く。

「シルヴァン……いえ、なんでも……」

「なんでもって顔じゃないだろ!俺の天幕が近い、そっちで休め」

「……ですが、シルヴァンも参ってるんじゃ」

「まあ、参ってないてのは嘘になる。けど、今はお前の方が心配だ」

「……シルヴァン……ありがとう……ございます……」

 アッシュが言うなりシルヴァンはアッシュを横抱きにすると、足早に自らの天幕に戻り、アッシュを寝台に横たわらせた。

「大丈夫か?白湯くらいしか出せないが……少し温まれば、落ち着くだろう」

「すみません、気を遣わせて……ですがほんとうに」

「大丈夫じゃない、だろう。何があったか、聞かせてくれるよな」

 アッシュが女性になってからも、シルヴァンは以前と変わらぬように接してくれていた――だがその優しさと気遣いが、今は胸を痛くする。シルヴァンは本気でアッシュを愛しているとアッシュが理解すればするほど、その痛みは激しさを増すのだ。

「……シルヴァン……そうですね。君には、多分、話をしなければならないと思います」

 ならば、嘘だけはつきたくはない。アッシュはそうでなくとも嘘は嫌いだった。ましてシルヴァンに嘘をつくなど、言語道断だ。だが、今のシルヴァンは幼馴染たちを失ったことで憔悴し、疲れている。そんな時に告げてよいものなのかという迷いはあった。

 それでも、結局アッシュは真実をシルヴァンに告げることにした。

「シルヴァン、……驚かないで、聞いてください。今の僕のお腹の中には、……赤ん坊が居ます」

 自ら腹部に手を当ててアッシュが告げると、さっとシルヴァンの顔色が変じた。それはそうだろう、好いた相手に、自分以外の赤ん坊がいると告げられたのだから。それでもシルヴァンは黙ってアッシュの頬にそっと手を寄せて、優しく触れた。

「アッシュ……、その、相手は……」

「ローベ伯です。ローベ伯のところで、僕は……夜毎犯されてました。この話は以前にもしたと思いますが、心当たりはそれしかありません。ですから、この子供の親も、自ずとローベ伯になると思います」

「……そう、だな……そう、なるよな……」

 アッシュから少し距離をとり、何度も確認するようにシルヴァンは言葉を繰り返す。まるでそう自らに言い聞かせているように見えて、アッシュはやはり言わなければよかったのではないか、と一瞬考えてしまった。

「アッシュ、産むのか?」

 シルヴァンの目は真剣で、声は小さかったがしっかりとしたものだった。アッシュもシルヴァンの目を見て頷く。

「僕は、授かった命を葬ることなんて、できません。例えこの子の親が誰であろうと……育てたいと、思います。シルヴァン、君にはつらいかもしれないけれど」

「……それがお前の選択だっていうのなら、俺は、お前を尊重するよ」

「シルヴァン……君は、やっぱり、僕が思っていた通りの人間ですね。ありがとう、ございます。こんな僕なのに」

「……けど、……許せないものは許せない。俺は……お前が思っているよりも、ずっと狭量なんだよ」

「シルヴァン?」

 そこでシルヴァンの声色が変わったことに気づいたアッシュだったが、何もできないでいるまに、噛みつかれるように口づけをされた。

「んっ……シル、……」

 口づけはアッシュの唇を割り、舌を絡めとられて水音が天幕に響く。シルヴァンの手は華奢になったアッシュの衣服を弄りながら中へと侵入してきて、あっという間にはぎとられてしまう。シルヴァンの意図がそこで漸くつかめたアッシュは、シルヴァンを退ける様に胸板を手でおすが、膂力では適うはずもなく、されるがまま上半身を晒してしまった。

「……ああ、本当に女になっちまってるな……胸は少し小さいが、綺麗だ……」

 ぼうっと呆ける様に言うシルヴァンの目は、アッシュに注がれているがアッシュ自身を見てはいない。そして徐に乳房を掴まれ、揉み解される。

「あっ、シルヴァン……やめて……くださ……」

「やめねえよ、やめられるわけが……ないだろ……こんな……こんなことって……!」

 言いながらシルヴァンは唇を噛みしめ、口端からは血が滲み出る。シルヴァンは怒っていた、そして悔しがってもいた。だからアッシュは呆然となってしまい、抵抗を止めてしまった。

「シルヴァン……」

「お前は……ずっと、……いや、お前が俺のモノになったことなんて、なかったもんな。俺が一人で空回りしてただけだ。けど、気持ちは通じてると思ってた、それを頼りに、五年、五年もだ、戦ってきた、なのに……こんなこと……!!」

「シルヴァン……」

 アッシュは、血を吐き出すようなその言葉に、シルヴァンの名を繰り返し呼ぶことしかできなかった。そうではない、と言いたかった。あの絶望の五年間を生き延びれたのはシルヴァンの短剣があったからだと、彼との思い出があったからだと伝えたかった。けれども、遅かった。それは、本当に少しだけ、遅かったのだ。すれ違いは正すことができる、アッシュはそう思っているが、絶望してしまったシルヴァンはそうではないだろう――まして、彼は大切な幼馴染達を失ったばかりで、もう寄る辺もないのだ。こうするしかない、とは本当にその通りなのだろう。

 ならば、とアッシュは目を閉じた。

「なあ、アッシュ……俺の子供、産んでくれよ、な?……俺と、お前の子供……産んでくれよ」

 うわごとのようにシルヴァンは呟くが、その瞳からはぼろぼろと涙が零れていた。そしてアッシュのことを見てはいない。アッシュは思わず手を差し伸べてその頬に触れるが、シルヴァンは意に介した風もなくアッシュの身体に触れてくる。触れられているだけだというのに、シルヴァンの心の痛みが伝わってくるようで、アッシュは苦しかった。苦しくて、思わずシルヴァンの唇に己のそれを重ねた。こうすることでしか、シルヴァンの注意を引けないであろうことも、苦しかった。

「アッシュ……アッシュ……俺の、アッシュ……」

 シルヴァンも必死にアッシュの唇に噛みつくように唇を重ねながら、呻き声のような聞くに堪えない声でアッシュの名を繰り返した。その必死さと、自分がそうさせてしまったのだという苦しさから、アッシュはシルヴァンの思うようにさせるしかない、と思い、舌を絡めとり唾液を混ぜ合わせ、口の中で必死にシルヴァンを捕らえようとすると、シルヴァンの舌がぬめるように動きアッシュを捕らえ、これでもかというように快楽を与える動きをしてきた。

「ん、……は……っ、シル、ヴァン……ッ」

 ぷは、とようやく唇を離すと互いの唇の間に銀の糸が垂れてアッシュの胸元に落ちる。それを眺めていたシルヴァンはアッシュの胸元に舌を這わせて唾液を舐めとると、そのまま小ぶりな乳房に舌を這わせて刺激を与えてきた。

「や、それ、やめ……て、……くださ……い……」

「いや、じゃないんだろう……ココはしっかりと反応してるぜ」

 感情のないシルヴァンの声が怖かった。けれど、そうさせているのは自分なのだ。シルヴァンは舌先で悪戯をする様にピンと立ち上がった乳首をつつき、けれども決定的な刺激は与えまいと乳輪をなぞる。腹の奥が切なく熱を持ち、股間が濡れているのを自覚しているアッシュだったが、シルヴァンには逆らわないようにしよう、とそのままシルヴァンにされるがまま、胸を突き出すようにすれば、シルヴァンはむしゃぶりつくように乳首に吸い付いた。

「あっ……んっ……はぁ……っ」

 もどかしい快楽にアッシュは自ずと腰を動かすが、シルヴァンがのしかかるように下半身を抑えてくるので動くに動けない。シルヴァンの左手はアッシュの乳房にあり、聊か乱暴とも思える仕草で揉み解されて白い乳房が赤くなってしまっていた。それでも、そんなことを気にしないとばかりにシルヴァンは乳房をもみほぐしてゆく。そして左手の指を使い乳首をこねくり回すと、アッシュの口から再び甘い声が漏れた。こんな風に乱暴に抱かれていても、こんな声が出るのかとアッシュは驚くと同時に、己の浅ましさに泣きたくなった。ローベ伯に乱暴に抱かれ慣れてしまった身体は、少しの快楽でも敏感に反応してしまうのだった。

 アッシュとてシルヴァンのことを想っていないわけではない――どころか、思慕しているのだ。だから、どうせ抱かれるならば優しく抱かれたかった。こんな状況で抱かれたくはなかった。だが今の自分にはそんなことを想う資格すらないのだ。

「アッシュ……なあ、アッシュ……俺の子も、産んでくれるよな……」

 相変わらずうわ言のように呟くシルヴァンの瞳の中に、光はない。それはそうだろう、アッシュ自身が奪ってしまったのだから。だから、アッシュはシルヴァンの右手を取ると、自らの下腹部へと導いた。蜜壺は既に愛液でしとどに濡れており、ひくひくといやらしく蠢いている。シルヴァンはそこではっと気づいたようにアッシュの目を真正面から見つめた――初めてシルヴァンに見つめられたというだけで、こんなにも嬉しいものかとアッシュは痛感した。

「アッシュ……お前」

「いいですよ、来てください……シルヴァンになら、僕は、何をされても……いいです……」

「……アッシュ……お前、お前、ほんとうに……」

 シルヴァンは今までの乱暴さが嘘のように、体の動きを止めた。そして涙をぼろぼろと流しながらアッシュをじっと見つめている。これからというときに身体が辛くないわけがないのに、シルヴァンはアッシュを、それこそ時が止まったかのように見つめてきた。だが、アッシュの言葉は本心だった。シルヴァンにならば何をされても怒る権利などない、否、怒れるわけがないのだ。他の男の子を身籠った自分など、そもそもがシルヴァンに愛される権利などもない。なのにシルヴァンはこうして、いつだって、最後にはアッシュに優しい。その優しさがつらくて、もっと酷くされてもよいとすらアッシュは思っていた。

「酷くして、いいです……君には、その権利が、ありますから……」

「アッシュ……!!簡単にそんな事言うんじゃねえよ……!!」

 そこで優しさが顔を出してしまうのが、シルヴァンという人間なのだ。自分は狡い言い方をした、とアッシュも自覚はある。シルヴァンが無理強いできないと知っていて、言葉にした――自分は嫌な人間なのだと、シルヴァンの真っ直ぐな好意には相応しい人間ではないのだと、あわよくばこれで呆れてくれないかと、アッシュは願っていた。シルヴァンのこれからの為にも、自分という存在は最早足かせでしかないからだ。

「ですが、僕は……」

「やめだ、やめ。こんな風になんて、そもそも俺はお前を抱きたくはないんだ、アッシュ。お前のことは……大切にしたいんだ……」

 縋るように裸体に身体を寄せると、シルヴァンはアッシュをそのまま抱きしめる。

「でもシルヴァン、辛くはないんですか?」

「辛い?何がだ?」

「こんな中途半端な状態で……」

 アッシュはシルヴァンの股間をちらりと見ながら告げる――先程までの高ぶりで、そこは確かに反応を示していた。だがシルヴァンは頑なに首を横に振る。

「好きな奴を無理矢理抱くなんて、最低だ。最低なことをしそうになっちまったんだから、これくらいは自分で処理できるさ。それに、お前はただでさえ無理が出来ない身体だもんな」

 言いながらアッシュの乱れた髪を直してくれるシルヴァンの声色は、優しかった。その優しさに甘えてしまいそうになる自分が、アッシュは嫌だった。本当に最低なのは自分だ、と自覚もしていた。

「ダメです……!せめて、僕に、させてください!」

 アッシュもそこは引き下がれなかった。最低なら最低なりに、やりようがあるのだ。言葉と同時にアッシュはシルヴァンの下衣を下着ごとくつろげると、勃起したペニスが顔を出した。それはどくどくと脈打ち、先走りの汁を流している。こんな状態で苦しくない筈がない。

「ア、アッシュ……!!」

 シルヴァンが押しとどめようとするよりも前に、アッシュはシルヴァンのペニスを咥えて扱き出した。陰嚢にも手を伸ばし揉み解して刺激を与える。裏筋をしっとりと舐めてからくびれた部分に舌を這わせてゆるい刺激を与え、最後に亀頭ごと飲み込む。そうして顔を前後に動かしてしごけば、やがてシルヴァンのペニスから大量の精液が分泌された。アッシュは噎せながらもそれを何とか飲み込み、口元をぬぐう。

「お前……なんだって、そんなこと」

「……僕にはこんなことくらいしか、できませんから」

 シルヴァンは呆気にとられたようにアッシュの素肌を眺めていたが、やがて何かに気づいたように顔を逸らし、下着と下衣を手早く直すと毛布を持ってきてアッシュの肩にゆっくりとかける。

「寒いだろ、いつまでもそんな恰好じゃ、それでも、かけとけ」

「……衣服を着れば、いいだけの話じゃないですか」

「それもそうだけど、……その、なんだ、……ずっとお前の肌を見てると……わかるだろ……」

 ずっと、とは着替える最中も見ているつもりなのか、と思ったが、ふとそんなことを考えてアッシュの心は一瞬軽くなった。シルヴァンがちらちらとこちらを見ている視線もなにやら可笑しくて、アッシュは小さくふふ、と笑う。するとシルヴァンが怒ったように早く着替えろ、と言うのでアッシュは渡された毛布の中で脱がされた衣服を着た。

「もうこれで大丈夫ですよ、シルヴァン。それよりも、僕はここにいていいですか?」

「ん?……どういうことだ?」

「君が……落ち込んでるんじゃないかって。最初はそう思って、励ますつもりだったんです。僕が言えた義理じゃないかもしれないんですが」

「ああ……そうか……そういうことだったんだな」

 シルヴァンはそこで漸く苦笑してくれた。そしてアッシュの頭をぽん、と軽く叩く。

「でも俺だってそこまでヤワじゃないぜ。これは戦争だしな……いや、……やっぱ、お前に嘘はつけないな」

 言葉を最後まで聞く前に、アッシュはシルヴァンに抱き寄せられた。華奢になった身体はすっぽりとシルヴァンに覆われてしまう。シルヴァンはそのままアッシュに甘えるように細い肩に頬を寄せて溜息をついた。

「お前はあったかいな……。……俺の知らない所でイングリットが死んじまってさ……。俺、あいつはいつだって当たり前に生きてるんだって、思ってた。けど、あいつは知らない所で死んだ。フェリクスとは戦いになって……俺が、とどめを刺したんだ。そしてあいつは、冷たくなってた。それに、殿下は……」

「シル、ヴァン……?」

 それきり黙りこくってしまうシルヴァンの背に恐る恐る腕を伸ばして抱きしめると、いっそう強い力で抱きしめ返された。シルヴァンは泣いているのだろうか。わからなかった。わからなかったが、わからないままでもいい、とアッシュは思った。彼の悲しみは、彼にしかわからない、自分は決して共有できないものだからだ。それでもこうして存在を求められることは、素直に嬉しい、と思った。自分はシルヴァンの傍には相応しくはない人間でも、それでも、今だけは。

「シルヴァン……。少し、こうしてていいですか?」

「ああ、……俺も、こうしてたい。アッシュ、ありがとな」

 シルヴァンが顔を上げると、秀麗な顔が目と鼻の先にある。意外と長い睫毛が濡れていた。じっとアッシュが見つめていると、シルヴァンの瞼が閉じられてゆき、代わりに顔が近づいてくる。口づけをされる、と思った瞬間に、唇に暖かいものが触れた。それは触れるだけの、本当に触れるだけの口づけだった。そしてシルヴァンは目を開けるとアッシュの若草色の瞳をじっと見つめ、頬に手を寄せて柔らかく触れてくる。

「アッシュ……本当に、ここにいてくれて、ありがとう」

「シルヴァン……」

 アッシュは名を呼ぶことしかできなかった。自分ごときで、シルヴァンが喪ったものの代わりになれるなど、烏滸がましいことは考えてはいない。けれど、シルヴァンがこうして優しく触れてくれて、必要としてくれるだけで、本当に嬉しかったのだ。こんな自分でも、彼の傍にいていいのだと、そう思える気がした。

「シルヴァン、今更かもしれないけど……僕は……君が……」

 それ以上を言っていいのかどうか、アッシュはこの期に及んで迷っていた。一度言った言葉は取り消せない。まして、自分は今他の男の子を身籠っている。その存在は、ゴーティエの嫡子であり紋章を持つシルヴァンにとっては弊害でしかないだろう。よくて愛人という立場を得ることも出来るかもしれないが、それでもアッシュはシルヴァンの心をこれ以上痛めるだけの存在にはなりたくはなかった。それに、ただでさえゴーティエ辺境伯はいう大貴族だ。余計な諍いの種は持ち込みたくはない。好きだ、ただそれを伝えたいだけなのに、こんなにも苦しい。いっそこんな気持ちになるのならば、心ごとなくなってしまえばよい、とアッシュは思う。それでも、シルヴァンの触れてくる温度は暖かく、そして離しがたい。矛盾する現実に、アッシュは言葉を詰まらせていた。

 不審に思ったシルヴァンがアッシュの名を呼ぶが、アッシュは結局決定的な言葉を言わずに、首を横に振るだけにした。そう、それでいいのだ。自分の気持ちなど、蓋をしていればよいだけのこと。シルヴァンも今はこうして優しくしてくれているが、時が来て離れればきっと忘れてくれるだろう。そう、思いたかった。

「なあ、アッシュ。今だけでいい、傍にいてくれるか……今晩は、一人で眠れそうもないんだ」

 どこか哀しげな囁きと共に耳元でシルヴァンにそう告げられて、髪を優しく梳かれる。アッシュはもう一度じっとシルヴァンの琥珀色の瞳を見てから、小さくこくりと頷いた。

 今だけなら。その言葉を、飲み込んで。

***

 明日が最後の戦いになる、とベレスが告げた。そこにいる面々の顔は一片の曇りもなく、皆が笑みを作っていた。皆、信じているのだ――この先に、希望があるということを。

 金鹿の学級に移ってきてからアッシュはずっと感じていたことだが、彼らは平民も貴族も区別なく一体感を持っている、ということだった。それはユーリスたちが自然と馴染んでいることからもわかるし、レオニーなどは寒村育ちの筈なのに、大貴族のローレンツを平気で怒鳴ったりもする。そしてそのローレンツはといえば貴族だからと言いながら、平民は守るべきものなのだと公言してイグナーツやレオニー、ラファエル、そしてアッシュのことも率先して守ってくれる――戦い以外の場面でも、だ。金鹿の学級は一見バラバラに見えて纏まりが強い。それは中心にクロードとベレスという存在が在るからこそだろう。卓越した知略とカリスマ性を持つクロードという存在と、不可思議ながらも皆を自然とまとめてしまうベレス。そんな二人だからこそ皆ついてくるのかもしれない。実際、自分もこの輪の中に入ろうと思ったのはベレスがいたからこそだ。シルヴァンが後を追うようにして入ってきたのには、驚いたのだが。

 それはともかく決戦の日を明日に控え、皆どこか浮足立っているように思えた。それでも気を引き締めるところは引き締めているのは、それぞれが歴戦の将だからだろう。

 だがアッシュはといえば、出産を間近に控えているからという理由で戦線から外されていた。それでも動けるからと無理を言ったが、ベレスとマヌエラ、ユーリスに散々に怒られ、クロードにも呆れられてしまい、最後に念を押すようにヒルダやリシテア、マリアンヌらからも怒られてしまった。産まれてくる子に悪影響があってはならないから、と皆が口を揃えて言ってくれたことは、けれど、素直に嬉しかった。アッシュもまた、この子は自分の子なのだと強く思えるようになっていた。

 まだ、心の傷は癒えているわけではない。

 けれども、シルヴァンを始めとしてこの仲間たちが皆、アッシュの子はアッシュの子だと扱ってくれるのがありがたかった。誰も父親のことは問わず、ただアッシュの身体だけを心配してくれるのだ。そのことが本当に有難く、生まれてくる子供は自分の子供なのだと強く思えるようになった理由でもあった。だからアッシュは皆に感謝しながら、後方支援をすることにした。

 そして自分の持ち場で荷物を整理していると、シルヴァンに声を掛けられた。シルヴァンは明日は出撃する予定の筈だから、こんなところで油を売っていていいわけがない。

「シルヴァン?君は明日出撃するんじゃないですか?こんな場所にいていいんですか?」

「何、いいんだよ、哨戒やら何やらが部下たちがやってくれてるし、今更じたばたしても仕方ないだろってクロードのやつもいってるしな。それより俺は、お前と少しでも一緒にいたいんだ。出産も控えてる大事な身体だしな」

「……シルヴァン、……その……ありがとう、ございます」

 シルヴァンの真っ直ぐに自分を見てくる目をアッシュは見ることができなかった。アッシュは、戦いが終わったらガスパールへと戻るつもりだからだ。色々なことがあったが、結局自分が戻る場所はあそこしかない、とアッシュは思っている。そのことを、いい機会だし告げようと思った矢先だった。

「アッシュ。戦いが終わったら、一緒にゴーティエに来てくれ。お前の兄弟たちも当然一緒だ。そして、両親に紹介したい」

 想像以上の言葉が出てきて、アッシュは思わずシルヴァンを凝視する。

「……シ、……ルヴァン……何を、いって……」

「そのまんまの意味だよ。わかるだろう。俺はお前を伴侶にしたいし、お前以外の伴侶を持つ気はない」

 シルヴァンの言葉はあまりにも真っ直ぐだった。琥珀の瞳は強い光をたたえ、アッシュを射抜いてくる。

「ダメですよ……ダメです、それだけは……!!」

「なんでだよ。俺がいいって言ってるんだ。それに、俺は決めた。俺が決めたことなんだから、覆させることなんてできると思うなよ?」

「それは君の勝手な言い分です……!!僕には、僕のお腹の中には……」

「それは、俺とお前の子だ」

 シルヴァンは断言した。本当の父親ではないのに、シルヴァンは迷わずに自らの子なのだと言ってのけた。アッシュはそのあまりの決意の強さに、膝から崩れ落ちてしまう。とっさにシルヴァンが抱えなければ、転倒していたかもしれなかった。

「アッシュ、お前、気をつけろよ!」

「……冗談じゃないです……この子の本当の父親は、君じゃないって、君だって知ってるじゃあないですか……!!」

「ああ、知ってるさ、知ってるよ。けどな、ここの連中は誰もそんなこと言ってないだろう。俺だって、そうだ……いや、そう思えるようになるまで大分時間はかかった。けど、俺はお前のことを愛している、愛しているんだよ、アッシュ、お前以外が見えなくなるくらいにはな」

 そのまま抱きしめられて、アッシュは言葉を失ってしまった。こんなに強い言葉を使うシルヴァンは、久しぶりだったからだ。

「アッシュ。愛している。結婚してほしい」

 シルヴァンはアッシュの肩を縋るようにつかみ、けれどもしっかりとした言葉で告げてきた。その声色は真剣そのもので、否と言わせない迫力すらあった。だからアッシュは膨らんでいる腹をさすりながらも、目を閉じて溜息をつく。

「シルヴァン……君……。……本気、なんですね」

「当たり前だ。冗談でこんなこと、言えるか」

 そう言ってシルヴァンはアッシュをもう一度、抱きしめた。今度は羽のようにやわらかく、けれども、しっかりと離さぬように。

「もういっぺん言う、アッシュ、結婚してほしい。そして、俺の傍にずっといて欲しいんだ」

 抱きしめられたまま、けれど顔だけはしっかりと見てシルヴァンは告げる。アッシュはどう答えてよいのかもわからず、ただ、呆然と立ち尽くすだけだった。

「……今すぐ、返事はできません……ごめんなさい。こんな返事、卑怯かもしれないですけど」

「いいや、俺も急だったからな。でも、戦いが終わったら返事をくれ。約束してほしい」

「そういうのなら、戦いが終わってから言ってくださいよ」

「いや、今言っておかないと、気が済まなかったんだ。それだけだよ、邪魔したな」

 言うなりシルヴァンはアッシュに口づけをして、身体を離すと自分の持ち場へと戻っていった。あとに残されたアッシュは途方に暮れたように暫く立ち尽くしていたが、身体の不調を心配した部下に声をかけられ、そうではないのだと慌てて言い訳をしながら戦の準備を進めるのだった。

 

***

 戦争が終わった。大きな戦いが終わり、これからは新しい世界を作ってゆくために動かねばならない。世界は全てを失い、そして新たなる道が開かれているのだから。

 大司教レアはその座をベレスへと一任し、見守ることを選んだ。そしてクロードは故郷パルミラへと帰り新王として即位するという。ベレスとクロードは将来を誓い合った仲であるはずなのにどういうことだ、と怒ったのはヒルダだったが、二人とも笑っておりヒルダの怒りは更に倍増するだけだった。他の金鹿の面々といえば、先生とクロードらしい、と呆れたようにレオニーが笑えば、そうですねとリシテアが頷く。ローレンツは何か言いたげだったがこれからのパルミラの将来を心配し、クロードを苦笑いさせていた。マリアンヌは自領に帰ることにすると笑顔で前を向き、イグナーツは念願の画家になるためにレオニーと旅をするのだと張り切り、ラファエルは故郷で宿場を開くのだと嬉しそうに告げた。ユーリスたちは相変わらずアビスで地下活動をしながらそれぞれの生き方を模索してゆくのだという。

 皆、もうそれぞれの道を見つけていたのだ。

 アッシュも、いい加減腹を括らなければならない、と思ってはいた。思ってはいたが、まだ踏ん切りがつかずにいるのはお腹の子供のことがあるからだった。シルヴァンはああ言ってくれたが、それを信じきれない自分にもウンザリしている――それはシルヴァンを信頼していないということになるからだ。あれ程にまで愛しているといってくれている人など、この先そうそう現れないであろう。でなくともシルヴァンはアッシュを大切にしてくれている、それは戦争の最中もずっと痛感してきたことだった。ユーリスなどは面倒だからさっさと結婚しろと言われ、ハピやコンスタンツェにまで散々説得された。バルタザールだけはそんな簡単に決められるのか?と少しアッシュの肩を持ってくれたのだが、ユーリスに睨まれて肩を竦めていた。

 何れにせよ、戦争が終わったのだから返事をしなければならない、それはシルヴァンとの約束だからだ。

 そうこうしているうちに同盟軍の打ち上げも終わり、アッシュはひとりで大修道院の礼拝堂跡へと赴いていた――不思議とこういう時は人ならざるものに頼りたくなってしまうのが、人情というものだろう。

「アッシュか?」

 こういうところは本当に聡いな、とアッシュは苦笑しながら向きなおれば、そこには案の定シルヴァンがいた。

「君こそ、どうしたんですか?礼拝堂に用事でも?」

「そうだな。戦争が終わったんだってこと、女神様に報告にでもきた、ってところか」

 冗談めいて言うシルヴァンの顔はいつも通りだ。だからアッシュは思わず笑ってしまった。

「君でもそんな冗談、言うんですね」

「俺はいつだって敬虔な信徒だったろう?それよりさ、アッシュ。例の件だけど」

 来た、とアッシュは思った。だからアッシュは自ずと姿勢を正してシルヴァンの眼前に歩みを寄せ、その手を取る。

「シルヴァン。……色々、考えました。僕は多分、君に苦労しかかけません。僕の存在も、この子の存在も……。それでも、君は、僕と結婚したいって、言ってくれるんですか?

 不安そうな声色になるのは、シルヴァンを信じ切れていないからか、これからのことを考えているからなのか、自分でもわからなかった。否、シルヴァンの事は信じているのだ、と思いたかった。だから、この不安はこれから先の生活への不安なのだと、アッシュは思いたかった。

「当たり前だろう。俺は五年前から、お前のことしか見えてない。お前を、愛している」

「……シルヴァン……。……本当に、君って、趣味が悪いですよ」

「そうか?今のお前を見てそういうやつがいたら、ぶん殴ってるぞ」

「そういう意味じゃありません。僕は……もともと男ですし、他人の子供だってもうすぐ生まれます。それなのに……」

「あのなアッシュ。何度も言わせるな。俺はお前を愛しているんだ。お前を、全部ひっくるめてアッシュ=デュランという人間を愛している。言葉だけで伝わらなくとも、だったら何度でも、飽きるほど言ってやる、伝わるまでな」

 シルヴァンはアッシュをそっと抱き寄せて、旋毛に口づけを落とした。そして耳元に手のひらを添え、ゆっくりと頬を撫でる。それは大切に、繊細な砂糖菓子でも扱うかのような手つきに、アッシュは溜息を落とした。

「伝わってますよ、君が、本当に、本当に……僕のことを、想ってくれているっていうことは」

「!じゃあ……!!」

「参りました。これ以上意地を張っても、ダメですよね。それに子供の事まで言われたら、もう僕には何も言えません。そんなこと言ってくれる人は、きっと、このフォドラでは……いえ、世界中探したとしても、君ひとりだけですから」

 アッシュが苦笑すると、シルヴァンは喜びを噛みしめるように柔らかな笑みを作り、アッシュの唇に己のそれを重ねる。シルヴァンの唇は少し濡れていて、暖かかった。

「当たり前だ、お前のことをこれだけ愛しているのは俺しかいない……アッシュ、愛している、これからも、ずっとな」

「シルヴァン、ありがとうございます……こんな僕を、愛してくれて。僕も、君のことが、……好きでした、きっと、五年前から」

「本当か?!」

 聊か急に肩を掴まれてアッシュが驚くと、アッシュの膨らんだ腹を見てシルヴァンは慌ててそっとアッシュを抱きなおし、その背をやさしくさする。

「ご、ごめんな、あんまりにも驚いたもんだから……」

「大丈夫ですよ。五年前からっていうのは……本当です、……でも、言い出せなかった。わかりますよね?僕は君の枷にしかならない……ずっと、そう思ってましたから」

 それは今でもそう思っている。けれども、これ以上この言葉を続けてしまえば、シルヴァンの信頼を裏切ることになるとアッシュは判断した。それくらい、シルヴァンの愛情は深いのだと、思い知らされたばかりなのだから。

「シルヴァン、愛してます……こんな僕でよければ……君の、妻に、してください」

 声色が震えている、と自覚はあった。怖かった。こんなことを言う権利は自分にはないと、アッシュはそれでもやはり思ってしまっていたからだ。けれどもシルヴァンはそんなアッシュの懸念を払拭させるように背後からゆっくりとアッシュを抱きしめ、膨らんだ腹を優しく撫でてくれた。

「ああ、ああ……!!喜んで……人生でこんなに喜ばしい日があるか……アッシュ、ありがとうな。こいつにも、礼を言わないとな」

 言いながらアッシュの腹を更に撫でるシルヴァンに、アッシュは思わずくすくすと笑ってしまった。この子の親はシルヴァンではない、けれどもシルヴァンはこの子のこともきっと深く愛してくれているのだろう、そう思うとくすぐったくて、幸せで、自ずと笑みがこぼれる。

 そんな二人を、崩れかけた天井から明るい日差しが照らしていた。

 

 

***

 妊娠したアッシュを連れて帰ったシルヴァンを見て、ゴーティエ辺境伯は当然驚き、激怒した。どこの馬の骨ともわからぬ娘を妊娠させたのか、と。

 だが、シルヴァンも引き下がらない。アッシュはどこぞの馬の骨ではない、れっきとした士官学校の生徒で、ガスパールの土地を継ぐ値する、この戦いを共に潜り抜けてきた仲間なのだと。その働きなくば自分は生きていないと、随分と大仰な言い分ではあったが父親に食って掛かり、そして説得した。子供が出来てしまったのは自分の不徳の致すところだが、責任はとりたい、何よりアッシュを愛しているのだからと、それは何度も何度も言葉を変え、態度で示すとまで言い切った。

 何より女好きで浮名を流していた息子の意外な態度に、ゴーティエ辺境伯も溜息をつきながらそこまで言うのならば認めよう、と結局は折れる形でアッシュとの婚姻を認めてくれた。

 奥方の方は最初から反対はせず、息子の放蕩癖を直してくれてありがとう、とまで言われてしまいアッシュはどう答えてよいのかわからず、ただ頷くだけにしておいたのだが、奥方はくすくすと笑い、元気な子が産まれるとよいわね、それまでは私を頼って頂戴な、とまでいわれてしまい、アッシュは恐縮したのだった。

 結局ガスパールの地はベレスが選んだ領主に任され、アッシュの兄弟はアッシュと共にゴーティエ領へと引っ越すことになった。それも、前ゴーティエ辺境伯の計らいである、と後から聞かされて、アッシュは何度も礼を述べたのだった。

***

 子供が産まれてからのシルヴァンの子煩悩ぶりは、周囲の人間を当惑させるほどのものだった。アッシュ自身、ローベ伯の子供だとわかっていなければ、この子供はシルヴァンとの子ではないかと錯覚するほどに、だ。そして子が産まれると、ゴーティエ辺境伯の態度もどこか軟化したようで、孫の顔を見せてくれ、と何度も部屋に顔を出すようになった。

 産まれた子供は男子だった。アレクセイとその子を名付けたのは、シルヴァンだ。守護する者、という意味を持つその名を付けたのは、これからのゴーティエの事を考えての事なのだろう。それだけでも、シルヴァンはこの子を嫡子にするつもりなのだと十分に分かった。アレクセイ――アレクはアッシュ似の男児だった。それだけでも運が良かった。

 若草色の瞳はどこまでも透明で、柔らかな顔の稜線も、ゆるやかな鼻筋も、父親の酷薄な面影はどこにもない。だからだろう、シルヴァンはこの息子のことを溺愛し、仕事の合間を縫ってはアッシュとアレクセイに会いに来るほどだった。

 アッシュもまさかシルヴァンがここまで自分の子のことを愛してくれるとは思わず、その愛情の注ぎ方に驚くほどだった。

 だから、アッシュはその日の夕食の後、シルヴァンの手をこっそりと握って寝室に来て欲しい、と囁いた。

 自分でもこんな大胆な誘い方が出来るとは思ってなかったが、それはシルヴァンも同様だったらしく非常に驚いた顔をみせてから、柔らかく微笑んで「わかった」と言い、アッシュに口づけをした。

 その夜は、最初からシルヴァンに尽くす気でいた。ローベ伯のところから持ち出した忌々しい記憶しかない下着じみた服も、今はシルヴァンを誘うそれなのだと思えば袖を通しやすかった。薄絹とレースで彩られたそれは、多少劣化はしていたものの元の光沢を備えていて、アッシュの細い身体に色気を加えてくれる。そうと知っていたから、アッシュは万が一のことを考えて持ち出していたのだ――シルヴァンに、抱かれるために。あの時は贖罪の意味合いしか持っていないだろうと思っていた行為も、今では違う。シルヴァンに愛し、愛される行為なのだと真に思えるのは、シルヴァンの行動が全てだ。シルヴァンは真実アッシュを愛しており、その子供アレクの事も実の父親のように接して愛してくれている。今度は遠乗りにゆくのだ、とアレクセイから聞かされた時はまだ早いのではないかとアッシュが心配するも、シルヴァンのお墨付きを経てしまえばアッシュは否とは言えなかった。

 そして、夕食が終わり家族との歓談も終え、アレクセイを寝かしつけてからアッシュはシルヴァンの寝室を―というか夫婦の寝室ではあるのだが―を訪れた。

「ああ、アッシュか、鍵はかけてないから入ってくれ」

 シルヴァンの声は心なしか上擦っている気がするが、アッシュが扉を開いてその姿を見せた瞬間、シルヴァンは注いでいたワインを落としそうになるくらいに驚いた。

 それはそうだろう、それまでは貞淑に、妻として子育てに励んでいたアッシュがあられもない格好で現れたのだから。

「ア、アッシュ……お前、その恰好……」

「……少し、はしたないですか?ローベ伯のところから、持ってきていたんです……その、君に……見せたくて」

 シルヴァンは更に呆けてアッシュの身体を上から下まで眺める。ふっくらと控えめに膨らんだ乳房は可憐なレースに彩られており、綺麗な桃色の乳首の部分がうっすらと薄絹から透けて見えた。そのまま下腹に向かって薄絹に覆われている肌は真白く、傷もあるが、まるでゴーティエの雪を散らしたようだ。そして下着は矢張りレースで飾られておりちょうど脇で紐で抑える様にされており、紐を解けばすぐさま脱がせることが出来る仕組みになっている。これから抱かれるための衣装だと、シルヴァンにも流石に理解できた。

 それよりも何よりも、それまでこんなそぶりすら見せなかった妻が突然こんな格好で部屋を訪れたことに驚き、どうしていいかわからなくなったのだろう。先ほど声をあげてから微動だに出来ずにいるシルヴァンに、アッシュはくすくすと笑い近づくと、ワイングラスを置かせてその手を取り、自ら胸元に導いた。

「胸は、小さくて、その……色気はないかしれないですけど……好きにしてください、シルヴァン。今晩は、君の好きにして、いいんですよ」

「アッシュ、お前、昔もそんな言い方したよな……けど、俺は」

「いいんです。だって、大好きな旦那様に、抱いてもらえるのなら……何をされても、僕は、嬉しいです」

「そういう言い方するなよ……アッシュ、もっと自分のこと、大切にしてくれ……」

 シルヴァンが手を出す気配がないので、アッシュはするりと衣服と下着を脱いで素裸になる。

「シルヴァン、僕、……綺麗ですか?」

「あ、ああ……前も言ったけど、綺麗だよ。本当に、綺麗だ……」

「だったら、抱いてください。抱いて、欲しいんです」

 言いながらシルヴァンを寝台に導き、シルヴァンを寝台に押し倒した。アッシュはシルヴァンの上にのりあげると、下衣と下着をくつろげる。シルヴァンのペニスは、アッシュの肌を見たからなのかわずかに反応をしめしてくれていた。

「嬉しい……こんな僕の身体でも、君は反応してくれるんですね」

 ちゅ、とわざと音を立ててペニスに口づけをしてから、アッシュはぺろぺろとペニスを舐めてゆく。裏筋まで丁寧に、陰嚢にも細い指で刺激を与えながら、どんどんと口を上昇させ、くびれの部分は特に念入りに舌先で刺激した。そして亀頭にもう一度口づけしてから、ぱくりと咥え込む。

「ア、アッシュ……」

「ひょっとまっへくらさいね」

「く、くわえながらしゃべるな!」

 そのままアッシュは顔を上下に動かしてペニスを扱き出した。陰嚢を揉む手も手早くなる。その、あまりに手慣れた、そして巧さに、シルヴァンは苦しそうに秀麗な顔を歪めながらアッシュの頭に手を当てて、そのうち自ずとアッシュの頭を自らの手で抱えて動かしだした。アッシュは眩暈がしそうになるが、シルヴァンが欲してくれているのだと思えば、なんということはない。シルヴァンの手の動きの妨げにならぬように抵抗せずにいると、シルヴァンのペニスから大量の精液が出てきた。アッシュはそれを漏らさずに飲み込み、口元を拭う。一滴でも漏らしたくはなかったのだ。

「アッシュ……お前、全部、飲んだのか」

 こくり、と喉元を鳴らしながら頷くと、シルヴァンが呆れたように頬を撫でてくる。

「それにしてもお前、ほんと細くなっちまったな……」

「こんな僕は、嫌ですか?」

「とんでもない!綺麗だって、言ったろ。……こんなときに嘘なんかつくか」

「それなら、いいんですけど」

 いたずらに笑って、アッシュは自らの身体に視線を落とす。

「でも胸も小さいですし……傷だらけですし、どこもかしこも細くて、頼りなくて……」

「綺麗だよ、アッシュ」

 アッシュの言葉を続けさせまいと、シルヴァンはわざとらしく言葉を被せてきて、アッシュを抱き寄せる。

「今日は、僕にさせてください……そのつもりで、来たので」

 言うが早いかアッシュはシルヴァンを再び寝台に押し倒すと、ペニスに触れた。そこは熱を放出したばかりでくたりとしていたが、アッシュが触れたとたんにびくりと震え、アッシュがそのまま手でしごけばあっという間に元気を取り戻した。

「お前……今日は、やたらと積極的だな?」

「……君の、子供を、産みたいんです」

 ちゅ、と亀頭部分に口づけをしてから、アッシュは目を細めてそう告げた。シルヴァンはその言葉に驚いたように上体を上げて、アッシュの肩を掴む。

「アッシュ……お前、それは……!!」

「君がアレクのことを本当に愛してくれているのは嫌でもわかります。本当に、何て感謝していいか、わかりません」

「だって、そりゃあ、あいつは俺とお前の子だ。誰が何と言おうとな」

「……そんな君だから、……君との、本当の子供を産んでもいいかなって、思えたんです」

「アッシュ……」

「僕は君のことを、信じてます。きっと、僕と君の子供が産まれても、アレクの事も同じように愛してくれるって」

「ああ、何言ってるんだ、当たり前だろう。だいたいあいつの名を付けたのは俺だ。三日も悩んだんだぜ」

「はい、知ってますよ。君があの子の名前に色んな意味を含めてくれたことも、嫡男として育ててくれていることも」

「だから、か?」

「確実な未来なんて、ありません。だから、君が心変わりするかもしれない……そう、悩んだ時もありました。でも、あの子といる君を見ていて、それから、君が僕にくれる言葉や態度を見て、……そんなことはないって、確信が持てたんです」

「アッシュ」

「愛してます、シルヴァン。だから、君の子供を、僕にください」

 言い終えるとアッシュは再びシルヴァンのペニスに刺激を与えだした。だが、途中でシルヴァンにその手を止められる。

「シルヴァン……?」

「そういうことなら、俺に愛させてくれ。俺が、愛したい、お前を。精一杯、愛したいんだ」

 そしてシルヴァンは上着を脱ぎ、上体を晒した。無駄のない筋肉のついた美しい肉体が、アッシュの目の前に現れる。アシュが思わず触れると、シルヴァンはくすぐったそうに笑った。

「な?お前だけ裸だってのも、おかしいだろ。それにセックスっていうのは、愛し合うものだ。一方的な好意は、セックスじゃない」

「シルヴァン……、……はい、そう、ですね……」

 アッシュの言葉が終わるのを待っていたかのように、シルヴァンの手がアッシュの小ぶりな乳房に伸びてきた。以前の時とは比べ物にならないほどに優しく掴まれた乳房はシルヴァンの大きな手の中で形を変え、シルヴァンの指先が薄い桜色の乳首に触れると、アッシュは淡い快楽に呻いた。

「大丈夫か?痛くは、ないか?」

「だいじょぶ、です……んっ……きもち……よくて……」

「そうか……」

 ほっとしたようにシルヴァンは乳房を揉む手を止めず、今度は指先で確実に乳首に刺激を与えてきた。シルヴァンのつま先が乳首を掠めた瞬間、アッシュは甘い声をあげてしまう。

「あん……ッ、そこ、もっと……」

 薄い胸を差し出すようにシルヴァンの方へと寄せると、シルヴァンは心得たとばかりに両方の乳房の頂をゆっくりと刺激し出した。そうしているうちに、薄い桃色の乳首がぴんと立ち上がり存在を主張してくる。アッシュの白い肌も朱に染まりだし、アッシュはもどかしい快楽に膝を合わせてもじもじと腰を動かした。

 それに気づいたシルヴァンが、いたずらに笑って乳首に口づけをする。

「やあッ……食べないで……」

「けど、お前のここ、とっても甘くてうまい」

「何馬鹿な事言ってるんですか……ッ、ん……ッ」

 ちゅうちゅうと赤ん坊のように乳首を吸うシルヴァンをどうにかしようと、アッシュはシルヴァンの頬に手をあてて離そうとするのだが、元から力が違うためにかなわず、シルヴァンがしたいようにされるがままだった。シルヴァンは尚も乳首に吸い付き、舌でこねくり回して刺激を与えてくる――もう片方の乳房はといえば、大きな手で揉みしだきながら時折乳首に指先をこすりつけて刺激してきた。

「あっ、もうっ、乳首ばっか……ッ」

 アッシュは何度も甘い声を上げてしまい、最後には軽くイッてしまった。じゅん、と股間が濡れているのが自分でもわかる。覆うものがなにもない股間をもじもじとさせていると、シルヴァンが乳房にあてていた手をアッシュの下腹に伸ばしてその箇所を確かめてきた。くちゅ、とはっきりと濡れた淫らな音がアッシュにも聞こえ、アッシュは思わず赤面してしまう。

「あぁんッ、シル、ヴァン……だめッ、です……!!」

「ダメじゃないだろ。お前、すっかり濡れてるじゃないか……」

 こちらも余裕がないのか、はぁはぁと荒い呼吸をしながらシルヴァンが恥ずかしがるアッシュの額に口づけながら、指を膣内へと侵入させてきた。

「や、ちょ、急に……!」

「大丈夫、すっかり濡れてるし……すごく、絡みついてくるぞ、お前」

「……そういう言い方、止めてください」

 拗ねたようにアッシュが言えば、シルヴァンは苦笑しながら顔をあげてアッシュの脚と脚の間に顔を入れて、中心を舐めとる。

「ひゃんッ!何、してるんですか……ッ!」

「気持ちいいだろ?ココ」

「やめ、やだ……おかしく……なる……」

「おかしくなって、いいんだよ」

 口早に告げて再びシルヴァンがアッシュの花芯を舐めてきたものだから、アッシュはびくりと下肢を振るさせて軽く達してしまった。シルヴァンが指で弄っている蜜壺からは愛液がとろとろと零れ落ちてきて、シルヴァンの指を濡らす。その様子が見なくても想像できてしまい、アッシュは思わず顔を覆ってしまった。

「アッシュ、アーッシュ、顔、見せてくれよ。お前の可愛い顔……見てたいから」

「き、き、君は……もう!どうして、そういうこと、こういうときに……」

「だって俺だし?これでも、女の子のことは色々知ってるからな……」

 意地悪気に笑うシルヴァンに、アッシュは手元にあった枕を投げつける。こんな場面で言う言葉じゃない、という意思表示だったのだが、シルヴァンは笑っているばかりで懲りた様子もない。だからアッシュはシルヴァンの身体を足蹴りにしてみせると、ようやくシルヴァンの口から「ごめん」という謝罪の言葉が出てきた。

「もう、君って人は……」

「ほんと、ごめん。お前を愛しているときに言う言葉じゃなかったよな。けど、俺嬉しくて、ついついはしゃいじまった」

 そう言われるとアッシュも何も言えなくなってしまう。シルヴァンがこれまでずっとずっと我慢をしてきたことを、しっているからだ。夫婦と言う関係になった以上、褥を共にするのはあたりまえで、シルヴァンはいつだってアッシュに手を出せたのだ。けれど、シルヴァンは待ってくれた。アッシュがいいというまで、待っててくれたのだ。表面上アレクはシルヴァンとの子ということになっているが実際はそうではないから、シルヴァンがアッシュを抱いたことはない――以前、強姦まがいに手を出しかけられたことはあったものの、あの件のあとシルヴァンはアッシュには決して手を出してはこなかったのだ。

「ごめんなさい、僕も、少し言いすぎました。手を出していいっていったのに……」

「アッシュ、そういう言い方は止せ。俺は、お前を愛したいんだ。わかるだろう?」

 そっと耳元に口を寄せられて囁かれる声は甘く、身体が芯から痺れる気がした。再びアッシュの股間がじゅmん、と潤った気がする。シルヴァンの声はそれだけで蠱惑的なのだ。

「……続き、してください」

「ああ……優しく、するよ」

 シルヴァンは再びアッシュの蜜壺に舌を這わせながらしっとりとした太ももに触れて揉みだす。蜜壺はぴちゃぴちゃと淫らに音を立てて男を誘っていた。

「よし、もう、頃合いかな」

 顔をあげたシルヴァンは、牡の顔をしていた。アッシュは思わず呆けてその顔を見つめてしまう。

「なんだ?男前すぎて、びっくりしたか?」

「はい……」

 アッシュがあまりにも素直にそういうものだから一瞬シルヴァンは驚いた顔になるが、再び牡の顔に戻ると、アッシュの秘所に自らのペニスを宛がう。アッシュへの愛撫とアッシュの甘い声に、シルヴァンのペニスはすっかりと勃起してどくどくと脈打っていた。これからシルヴァンと一つになれるのだ、という期待感からアッシュの胸は一杯で、どきどきと鼓動が止まらない。ペニスの先端は熱くて、けれどもアッシュの秘所はいとも簡単にその狂暴な熱を飲み込んでしまった。

 ローベ伯の時はあんなにもおぞましかった行為なのに、今はこんなにも満たされている。シルヴァンの熱が侵入してくればくるほど、アッシュは多幸感に包まれ、思わず腕を伸ばしていた。シルヴァンもまた苦しそうに、けれども幸福そうにその腕を取り、握り返してくれる。

「アッシュ、愛してる、愛してるよ……誰よりも、何よりも」

 ぐい、ぐい、とゆっくりと押し進められる熱にもどかしさを感じながらも、アッシュは腰を蠢かせてより快楽を得ようと必死だった。

「あんッ!」

「ここ、か。……アッシュのイイトコロ」

 宝物を見つけた少年のような口ぶりでシルヴァンは言いながら、ペニスの先端でこつ、こつ、とそこを何度もノックする。アッシュは悲鳴のような嬌声を上げながらシルヴァンに必死にしがみついていた――快楽に流されてしまわないように。

「あんっ、あんっ、シルヴァ、ンッ、もっと、奥ッ、奥に……欲しい……ッ」

 快楽は得られるが、アッシュが欲しいのはそれだけではない。シルヴァンの子種が欲しいのだ。だから貪欲に身体を動かしてずらし、シルヴァンのペニスを膣奥へと誘う。シルヴァンもまたアッシュの意図を汲み、身体の向きを変えるとより深く穿つようにペニスを動かした。

 そして肌と肌がぶつかる音が部屋にひびく。

「そう、シル、ヴァン、奥ッ、……奥に……ッ君の、精液……、たくさん、欲し……ッ!!」

 甘い悲鳴が寝室に響き渡る。アッシュも声を抑えることを止め、シルヴァンの動きに合わせる様に腰を動かし、白い身体は振り子のように揺れた。

「アッシュ、アッシュ……!!」

 シルヴァンも歯を食いしばりながらアッシュをきつく抱きしめ、そして最奥の子宮口までペニスを押し入れると、精液をたっぷりと吐き出したのだった。

「アッシュ……大丈夫か……?」

 ぜえぜえと肩で息をしながらシルヴァンが問うてくる。射精後の倦怠感で崩れ落ちそうになっているのをアッシュが支え、シルヴァンの逞しい腕がアッシュの胸元に回された。

「大丈夫ですよ。君はゆっくりと、優しくしてくれましたから……」

「そんなに優しくできた自身、ないんだけどな。どっちかっつーと酷かったんじゃないか?俺、お前の事ずっと抱きたかったから焦っちまって」

 怒られた子供のようにどこかしゅんとなってしまったシルヴァンがどこか可愛らしくて、アッシュは思わずその癖毛をまぜっかえして撫でる。

「そんなこと、ないですよ。君は十分優しかったです」

「……ローベ伯と比べて、か?」

「……それもありますけど、僕のことを、本当に愛してくれてるんだなって、わかりましたから」

「そうか……」

 そこまでを言うと、シルヴァンはようやく不安げな表情を一変させて目を細め、アッシュの額に張り付いていた前髪をどけてからそこに口づけを落としてきた。

「愛してる、アッシュ。俺たちの子供、また増えるけど、……愛してやれるよな」

「もちろんですよ、シルヴァン。大丈夫です、君なら、きっと……」

 そこまでを言って疲れたのか、アッシュはことりと首をシルヴァンに預けて目を閉じた。

「疲れたなら寝ちまえよ。俺は、ここにいるからさ」

 シルヴァンの声色はどこまでも優しい。ならば甘えてしまおうと、アッシュは小さく返事をすると、そのまま眠りにつくのだった。

 抱えてくれるシルヴァンの温もりはどこまでも暖かく、どこまでも優しかった。

***

「お兄様は、私が守るの!だからお兄様はお父様やお爺様と一緒にお勉強をしてればいいの!」

 幼い声が響き渡る。ゴーティエ領内にも春が来る頃、二人目の子供が産まれた。二人目は女児で、ゴーティエの紋章を宿していた。だから自ずと破裂の槍はこの子が継ぐのだと誰しもが思ったし、シルヴァンやアッシュもそれでいいと思っていた。だが、ゴーティエの家督を継ぐのは長子と最初から決めていた――それは、ゴーティエ前辺境伯、シルヴァンの父の意向でもあった。

 破裂の槍は確かに必要だ。けれども、これから世を収めてゆくのは力だけではない。そういうことを、このゴーティエの地から発信してゆかねばなるまいと、二人の兄妹を見て決めたらしい。そのゴーティエ前辺境伯の考え方は、アッシュにはとてもありがたいものだった。さもなくば家督争いで兄妹が引き裂かれる運命も無きにしも非ずだったからだ――まして、兄アレクは本当はシルヴァンの子ではないのだから。

 けれども、これは誰にも言ってはない。知っているのはこの家ではシルヴァンのアッシュのみだ。あとはあの戦いを共に潜り抜けた同盟軍の面々だったが、彼らが口を割ることはないだろうと信じていたし、実際今まで彼らがゴーティエ領を訪れた際も余計なことを言うこともなかったし、実際に言うメリットなどなかったのだ。

「けれどポーニャ、お前は女の子だ。いくらお母さまが歴戦の弓手兵だったからといったって、お前のことくらい俺にも守らせろ」

「お兄様は大切な身体なんです!だから、私が守るの!お兄様の騎士に私はなるって、ヴィクターさんにも話してちゃんと絵にしてもらったじゃないですか!」

 そうなのだ。旅すがらゴーティエ領を訪れたレオニーとイグナーツが、是非二人の子供の絵を描きたいと言い出して、それに喜んだ兄妹が両親の許可もとらずに勝手に描かせてしまったのだ。勿論シルヴァンやアッシュにとってもそれは嬉しいことだったし、二人の兄妹をそそのかしたのはゴーティエ前辺境伯だという話もそこここから漏れ聞いているから、今更断る理由もなく、イグナーツは筆をとった。

 イグナーツが描き出した二人の兄妹はそれは生き生きとしており、天馬にまたがる娘ポリーナと辺境伯の盛装をしたアレクセイの絵はそれは見事なものだった。ゴーティエ前辺境伯は絵を見るなりこれはこの家で一番よく見える場所に飾らねばなるまいと歓び、イグナーツを恐縮させた。だが実際に二人の兄妹がそこにはまるで生きているかのように描かれていて、シルヴァンもアッシュもイグナーツの力量には舌を巻いたのだった。

 それから暫しゴーティエ領に滞在して、二人は再び旅に出たのだが、その時の絵は今でも屋敷の階段の踊り場に見事な額縁に入れられて飾ってある。

 天馬騎士に憧れているポーニャは戦死はしてしまったものの伝説の騎士イングリットのようになるのだと日々鍛錬を繰り返し、アレクセイはといえば近頃は父の政務も手伝うようになっていた。ローベ伯を父としているからか、皮肉な話だがアレクセイには政務に関しては天賦の才があるようで、シルヴァンが助けられることもままあった。スレンとの交渉も、アレクセイの働きが大いにあったことを認めざるをえまい。スレンの民はアレクセイを子供と舐めてかかっていたのだが、その弁舌はさながらシルヴァン譲りではないかと思わせるほどで、シルヴァン自身も舌を巻いたという。結局交渉をまとめたのはシルヴァン自身だが、アレクセイがいたからこそ話が早くまとまった感じは否めなかった。勿論ポーニャも護衛騎士としてはついていったのだが、その力を発揮できずに不貞腐れていたとアレクセイが言えば、冒頭の言葉に繋がる。

「はいはい、ポーニャはでも自分の仕事をきちんとしたんですよ。ポーニャがいなければ、護衛騎士団をつけなければならなかった。けれども敵意がないことを示さなければならないから、あまり人数はつけられない。そういう意味で、あなたは最適だったの」

「でもお母さま!」

「ポーニャ、お聞きなさい。何も戦うことだけが、戦を収めるすべてではないの。話し合って解決できるならば、それが一番。それはお父様やお爺様からも言われているでしょう」

「……それは、わかります、わかりますけど……」

 それきりポリーナはぐずってアッシュのひざ掛けに顔を埋めて、何も言わなくなった。ポリーナは流石と言うか女児だからなのか精神的な成長が早く、ませていて、何かにつけて兄を守ろうと必死になる。兄アレクセイがポリーナを可愛がるからなのもあるだろうが、ポリーナもまた兄アレクセイが大好きだったのだ。腹違いの二人だが、こんなにまで仲が良くなるとは正直ゴーティエの誰もが想像しえなかっただろう。

 これもまた、女神の采配なのか。アッシュは幸せな日々に浸りながらそう思う。

「ポーニャ。今度はお兄様と一緒に、母様の恩人に会いにガルグ=マクに行きましょう。母様も話したいことが、たくさんあるから」

「本当に!?あの、ベレス大司教って人に会わせてくれるんですか?!でも、ベレス大司教は忙しいからって……」

「それが、手紙が届いてね。皆に会いたいんだって。きっと、先生も寂しいんだと思う……政を行う人は、とても、孤独だから」

「ふうん、そういうものなんですね、でも、ポーニャは嬉しいです!ベレス大司教に、早く逢いたい!」

「そうだね、二節もすれば準備ができる、と手紙は書いてあったからもう少しお前が天馬に乗るのが上手になったら、皆でガルグ=マクへ行きましょう」

「ありがとう!お母さま」

 ベレスにも、手紙では伝えてあるが直接礼を言わねばなるまい。この幸せな家庭を築けたのは、ベレスの力があってこそだ――あの時ベレスがアッシュのお腹にいるのはシルヴァンの子だと触れを出してくれたから、こうして自分たちは幸せに生きて居られる。

 感謝してもしきれない。

「そうと決まったら、手紙を書きましょうね。お前も何でもいいから書きなさい」

「え?大司教ベレスに?ほんとうですか?いいんですか?なんでも?」

「ええ。お前が書きたいことを、書きなさい。きっと喜んでくださるから」

 アッシュの言葉にポリーナは大喜びで立ち上がると早速机に向かいペンを取った。きっと彼女は立派な騎士になるとか、そういうことを書くのだろう――そう考えて、ふと、過去の自分を思い出して、アッシュは小さく笑う。彼女は本当に自分によく似た。そして、シルヴァンに良く似て誰にも分け隔てない。

 アレクセイもまた、あれから成長したがローベ伯の良いところがでているのか、政の才覚を表しているし何よりも礼儀正しく、あのゴーティエの放蕩息子の子供は思えない、と良い意味で領内で噂されているほどだ。

 この子たちの作る未来ならば、きっと明るい。フォドラの夜明けは、きっとくる――クロードがあの戦いの直後に言った言葉を思い出しながら、アッシュはこの幸福に浸っていた。

「アッシュ」

「……シルヴァン。どうかしましたか?」

「いや?ポーニャの騒ぎ声が聞こえたから、ちょっと覗きにきただけだ」

「ああ、そういうことですか。ベレス先生に会わせたいって話をしたら、はしゃいでしまって」

「な、お前、そういうことは先に俺に言えよ!」

「あれ、言ってませんでしたっけ。先日先生から手紙が届いたから、二人を会わせたい、って」

「いや、聞いたような、聞いてないような……」

「シルヴァン、あの時結構酔っぱらってましたからね」

「う、……悪い。だけど、大丈夫なのか?」

「大丈夫も何も、だって、先生ですよ。それに、ポーニャはもう行く気満々です。アレクもきっと、喜びます」

「だろうなあ。アレクのやつ、ベレス大司教に会いたいってずっと言ってたしなあ。一介の傭兵から一国の王になったその才覚は素晴らしいです、だとよ」

「ふふ、シルヴァンよりずっとあの子の方がベレス先生の凄さをわかっているみたいですね」

「お前なあ……俺だって、先生の凄さは痛感してるぜ。何より俺たち一家がこうして過ごせてるのは、先生のおかげだからな」

「本当に」

 肩に乗せられた逞しい手に、自分の手をアッシュは重ねる。本当にこの人と出逢えてよかった、と、ふと思ったのだ。

「シルヴァン」

「ん?改まってどうした?」

 見上げる瞳は、何時だって優しい――アッシュは何だか泣きそうになってしまい、ぐっと感情を飲み込んで、言葉をつづけた。

「ありがとうございます。僕を、……みつけてくれて、愛してくれて。ほんとうに、ありがとうございます」

 その意図をわずかに遅れて汲んだシルヴァンは、背後からアッシュを抱きしめた。それは本当に柔らかく、羽のような抱擁だった。

「愛しているよ、アッシュ。何度だって、飽きるくらい、言ってやるさ」

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