女王ミカヤが誕生して、デインの情勢もある程度安定した、ある冬の午後——ペレアスは女王の執務室に呼び出されていた。
女王ミカヤに対しては、ペレアスは普段は敬語を使う。けれども二人きりの時は昔の様に話して欲しいとミカヤが、女王になるかわりにと約束をしたので、今のペレアスは寛いだ様子で女王の執務室の一角で茶を嗜んでいた。
ミカヤも同様だ。女王という仮面を取り払い、ひとりのミカヤという人間として、ペレアスと対峙していた。
「誕生日?……そういえば、聞かれたのは初めてかもしれないね」
「え、そうなんですか?ご友人なんかと話題になったりとかは……」
ミカヤが茶器を置きながら意外そうに告げる言葉に、ペレアスは苦笑して続ける。
「僕は外で遊ぶということはあまりなくてね。いつも教会の司祭さまのところで本ばかり読んでいたよ」
「ああ、そうだったのですね。だから魔道の知識も豊富で……」
「言い方を変えれば、そこまで遊べる友人がいなかった、ともいえるけどね」
ペレアスが続ける言葉に、ミカヤは黙り込んでしまう。孤児だから、自分の誕生日がわからないというのは当然かもしれないが、そういう場合たいがいは里親が作るものだろうとも思うのだが、ペレアスの里親は変わり者だったとも聞いているから、そういった祝い事の風習とは縁が遠かったのかもしれない。
それならば。
ミカヤは思いついたことを、言葉にすることに決めた。
「それなら、誕生日を作りましょう。そうですね……女神さまの生誕祭も近いですし、その日にするのはどうでしょうか?そうしたら、皆で盛大に祝えますよ?」
引っ込み思案なミカヤからの提案だったからなのか、それともミカヤのあまりにもきらきらとした表情に押されたのか。ペレアスは若干引き気味ではあるものの笑顔を作ってくれた。
「素敵な提案だけど、僕には少し……」
「そんなことはありません。ペレアス様がデインに対してなされてきたことは、もっと評価されてしかるべきなんです。ですから、ペレアス様の誕生日は女神さまの生誕祭にします」
「それは、もう、決定事項ということなのかな」
「はい。私と、サザと、皆で決めました。ペレアス様がいてくださったからこそ、私たちが戦えていたことも……全部、全部タウロニオ将軍からお話を聞いて、それで」
「わ、わかったよ、そこまでいってくれるなら、お言葉に甘えようかな。素敵な催しものができるというのは、よいことだからね」
「はい!」
そこから、話はトントン拍子に決まっていった。何せ国の中枢の人間が集まってことをきめるのだ。
まして、戦争責任の件はあるとはいえ、ペレアスが戦前デインの復興に尽力していたことは民の誰しもが知ることである。特に城勤めの兵士ともなれば、接する機会も多かったために率先して生誕祭の準備にいそしんでいた。
「ペレアス殿の生誕祭を祝えることは、我々にとっても誇りです。ペレアス殿は以前はそういったお話には決して首を縦には振ってくださいませんでしたからね」
張り切りながら準備をする兵士たちの笑顔と共にある皮肉ですら愛おしい。そう。ペレアスはデインという国を、民を愛していた。だから、こうして自分のことであれど民たちと共に準備を出来るということは幸せなことだと思う。孤児で、たったひとりで本ばかり読んでいたあの頃の自分とはもう違うのだと、実感していた。
ただ、懸念がひとつだけある――自分の育ての親のことだ。彼はひねくれものだから、きっと生誕祭にはきてくれまい。それでも、という思いを込めて手紙をしたためておいたが、返事は相変わらずきてはいなかった。
当日姿を見せてくれさえすればそれでよい、とペレアスも思っていたが、それでも少しばかり寂しい思いはある。
「ペレアス殿?どうかなさいましたか?少しお疲れの様ですが、休みますか?作業は我々だけでもできますし……今ペレアス殿に倒れられては、女王様からどのようなお叱りを受けるかわかりませんから」
そう心配そうにのぞき込んでくる兵士に、大丈夫だ、とペレアスは笑顔で告げる。
「ごめん、そうじゃないんだ。僕の里親の事で少しね……変わり者だから、来てくれるかなと思って」
「ああ、なるほど。そういえばペレアス殿は高名な魔道の遣い手を里親に持たれていたので、高度な魔道も扱えるのでしたよね。以前見せていただけた魔道は、なんというか、表現しづらかったですが……」
言葉を濁す兵士に、ペレアスは苦笑する。闇魔道とは基本的に破壊を司る力の魔道だ。壊すための力に、他の用途はない。それでもと工夫して魔力を加減しながら瓦礫類の撤去などを手伝ったために、重宝されていたのだが。
「本来は破壊するためだけに存在する……禁呪に近い存在だからね。理解するには、相応の覚悟と能力も必要なんだ。あ、いや、これは自慢とかではなく、僕には幼少時に他になにもすることがなくて、ずっと本ばかり読んでいたせいで、哀れに思ったのかお師匠様が授けてくださった本が、たまたまそういう本だったというだけなんだけどね」
「はは、ペレアス殿でも、己の特技となると饒舌になられるのですな。そのように我々といつでもお喋りしてくださると、ありがたいのですが。いつもは寡黙で、黙々と仕事をなさっておられますから、もっと我々に心を開いてくださってもよいのですよ」
「けれど、僕は……」
「過ぎたことは、考えても仕方がない。それよりも前を向け。親父の受け売りですけどね。けれど、今のペレアス殿にはピッタリの言葉ではありませんか?それに、祝いの席の主役がそんな顔をしていては困りますよ」
「そう……だね。ありがとう。気を遣わせてしまったようで、すまない」
「そんなことはありません。俺はあのペレアス殿とこうして話ができて楽しかったし、光栄ですよ。また色々と話を聞かせてくださると嬉しいです」
つかの間の約束。いつかなうかもわからないもの。けれど、このデインという国の復興に同じように携わっていれば、彼とまた言葉を交わすこともあるだろう。名乗りもせずに立ち去った彼の背を見送りながら、ペレアスはそんなことを考えた。
「おおーーすげえ料理だな!これ、城中のシェフがこぞって腕を振るったのか?」
「いいえ、城中どころか街中よ。デインの城下町でもいたるところでこういった席や場がこしらえられているの。けれど今日の主役はペレアス殿だから、エディはまだお預けよ」
「ちぇー、ペレアス様も何やってんだよー、準備に時間がかかるっていってたけど、一体なんだろうな」
「下町に行くと言ってらして……護衛もつけることを断られたから何か理由があるんでしょうけど。心配ね。ね、サザ、少し様子を見てきてくれるかしら」
「ああ、わかった。エディ、お前も来るか?」
「いくいく!こうして食えないご馳走を目の前に待ってるだけとか、性に合わないからな!」
「エディは相変わらずだね。僕は少し準備があるからそっちに行くよ」
「ちぇー、お前は城勤めだから仕事仕事で、羨ましいよなー」
「そういうエディだって下町じゃ働きづくめじゃないか。今日くらいゆっくりすればいいのに」
「そういうのは性に合わねーっての!」
「知ってるよ」
いつまでも続きそうな二人組の会話に無言で割って入ったのはサザで、エディを引っ張って「それじゃあ行ってくる」とミカヤに一言告げて去っていった。エディはまだ何かいいたげだったが、大人しく引きずられてゆく。
「少し静かになったかな……それにしても、ペレアス様の用事ってなんだろう」
「ふふ、きっとすぐわかるわよ」
「え。ミカヤも何かしってるの?あ、……女王も?」
「皆だけの時はミカヤでいいわ。ノイスにもそう言っているのに、皆私を女王とか女王様とか呼ぶから、なんだか寂しいの」
「へえ。今日はミカヤも少し素直なんだね。ペレアス様の生誕祭だから?」
「それとこれとは関係ないわよ。きっと昔なじみの貴方たちだけだから、でしょうね」
「よう、坊主たち。ペレアス様なら礼拝堂にいるぜ」
「ノイス。先に来てたのか」
「来てたっつうか、数日前から俺はここで宿泊してるって話をしてたじゃないか」
「ああ、そうだったっけ」
「相変わらずだな、サザは。ペレアス様は歓迎してくれたんだがなあ」
「そりゃそうだろ、あいつはそういうやつだから」
「あいつ、か。サザも結構遠慮なくなったもんだなあ。一時は敵を見るような目をしてペレアス様を見ていたくせに」
「今更かよ……それより、あいつを迎えに来たんだ。主役が居なきゃ生誕祭は始められないからな」
路地沿いに人影を見つければそれは見知った顔で、つい話し込んでしまった。ノイスがふらりと戻ってきているという話は聞いていたが、こんなに簡単に見つかるとは思っていなかった――あるいは見つけられるためにここにいたのか。ノイスという男の事だからあり得ない話ではない。
「ま、皆で迎えにいこうや」
「そうだな!その方がペレアス様も嬉しいだろうしな」
「お前はなんだってそう能天気なんだよ……本当に変わらないな」
「俺が変わったら、気持ち悪いだろ」
そんな気楽な言葉を交わしながら、三人は下町でも特に治安の悪い礼拝堂周辺へとたどり着く。この周囲は夜は女の一人歩きなどは出来ない、犯罪も多い場所なのだが礼拝堂だけは不思議と神聖な空気に包まれている場所だった。罪びとが追われ逃げ込むための場所だからだろうか。余計なことを考えながらサザが顔を見上げると、ちょうど礼拝堂からペレアスと草臥れた老人が出てくるのが見えた。あれが、ペレアスの里親だろうか。
「初めて見る顔だな」
「ああ。変わり者だっていう話だったから、殆ど外には出ないんだろう。何でも犯罪集団の頭だっていう噂もあるくらいだからな」
「ノイス、それは本当なのか?」
「さてな。どこまでは本当の話かはわからんが。なんにせよ珍しく外に出てお天道様を拝む気分にでもなったんじゃないかねえ」
老人は只ならぬたたずまいをしていた。事実、目が合ったサザはその眼光の鋭さに心臓に針が刺さったかと思ったほどだ。なるほど、ノイスの言う通りなのかもしれない。
「お師匠様は脚が悪くてね。時間を取らせてしまって済まない」
「いや、まだ生誕祭の準備の最中だから、あんたたちはゆっくり来てもいい」
「えー、なんだよ、サザ、急ぎの用事だって言われてたじゃないか」
「エディ!あのなあ……!」
ここは空気を読んでくれよ、と叫び出したくなったが、エディにそんな言葉は通用しない。さっさと老人の手を取り歩いてゆこうとする。
「じいちゃん、足が悪いなら俺がおぶってやるよ」
「これはまあ、有難いことで。それならばお言葉に甘えるとするかね。ペレアス、いいか」
「友人の好意ですから、ここは素直に受け取ってください、お師匠様」
「さて、愛弟子にもそう言われたことだし、素直になっておくとするか」
「おう!是非そうしてくれ!」
意外とあっさりとエディの言葉に従う老人に、本当に噂通りの偏屈者なのかと違和感を感じつつも、サザも手っ取り早く用事を済ませられるし第一この辺りは治安が悪い――サザ達は生まれも育ちもこの辺りの人間だから顔は知れているが、戦争で人が入れ替わり、新顔も多く、サザ達の事を知らない人間も多かろう。早めに退散するにこしたことはなかった。
「これは……」
ペレアスは絶句したいた。贅を凝らした料理もだが、堅牢なデイン城に相応しくはないほどに綺麗に纏められた一室にも驚愕していたのだ。ここは元々は来賓用の居室のはずだが、ところどころ子供たちの手作りであろう飾りつけも施されてある。恐らくは礼拝堂に備え付けらいる孤児院の子供たちの手作りのものだろう。見知った子供たちの顔を見つけて、ペレアスの頬は緩む。偏屈な老人も、ここではただの面倒見の良い老人になったのか、子供たちに取り囲まれ困り果てていた。
「ミカヤ、これを、すべて、僕のために……?」
「ええ。ここだけではなく、デインの城下町すべてが、今日というこの日を、貴方の誕生日を祝うために、祝賀会の準備をしていました。今日というこの日の事を、貴方が忘れないように」
「ミカヤ……ありがとう」
言葉にならなかった。
戦争を起こし、国に負担を強いた愚かな王。それが自分の肩書だ。その筈なのに、ミカヤも、暁の団の皆も、城の兵や民たちも、皆ペレアスに笑みを向けてくれる。それは、ペレアスが戦時中に国を立て直そうと必死に努力する姿を見てきていたからだった。戦うためとはいえ、国というものを立て直すのは並大抵の努力では適わない。それを、ペレアスはやってのけた。政の才能があった、そういってしまえば簡単だったが、イズカが失踪してからもペレアスは寝食も惜しみ国のために尽くしてきた。それを、皆、知っていたのだ。知らぬものなど、このデインにはいなかった。
だから、今日というこの日を迎えることが出来た。
ペレアスは改めて自らを取り巻く人々の顔を眺める。
見知った顔、見知らぬ顔、皆が、笑顔だった。この笑顔が、自分に向けられているということに、ペレアスは胸の奥が熱くなる思いがした。
「ペレアス様……?」
「あ……」
気づけば、熱いものが瞼から零れ落ちていた。
「……今日というこの日を迎えられたことを、女神に感謝します。皆で、祝福を!」
ミカヤの声と掲げられたゴブレットに続くように、皆が言葉を復唱する。ペレアスはその中で、初めて生きていてよかった、と思えた。
自分の生に意味があったのだと、思えた。
ああ、なんて綺麗な光景なんだろう。なんと美しい日々だろう。
デインという国は、美しい。そして、優しい。この国のために、また日々努力し尽力してゆこう。そう心に誓うペレアスであった。

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