NieR:Automata/11945年9月、僕たちは兵器だった

ヨルハ機体四号S型-1

 目的地への侵入自体は簡単だった。こんな任務でいいのかと、拍子抜けしたほどに。
 次の調査任務が森林地帯と聞いたときは、正直めんどくさいなあと思ったものだが、該当区域の機械生命体たちはなるほど精強ではあるものの、その精神構造自体はひどく単純だった。行動も哨戒範囲も一定の規律を守っている、即ち行動を読みやすく、彼らの裏をかくことなど容易だということ。近接特化型のモデルでも彼らを撒くのにそう苦労はしないだろう。

「とはいえこれで三度目だからなあ。三度目の正直、ともいうし、さすがに今回失敗したら別のS型に任務回されるかもなあ……あの新型とか。それはちょっと面白くない」

 ヨルハ機体4Sに司令部より下された任務は、森林地帯の機械生命体の従属化、というある意味途方もないものだった。本来機械生命体は殲滅するもの。それを利用しようという発想自体が、司令部らしくないなとは思った。そこまで戦況は悪化しているのか。けれど任務は任務だ、目的に疑問を持つまではともかく、具申する気などはさらさらない。とりあえずは自分の能力を評価されてのことと考えれば、任務遂行に前向きではあった。
 ところが、未だ成果は得られず。
 特に華々しい成果を挙げたいとは思っていないが、無能の烙印を押されてしまうのも愉快な気分ではない。元々が生存能力の高さを見込まれての任務だったわけで、そういう意味では半ば達成はされているとはいえ、最終目的である従属化が完全には見込めない以上は、おめおめとバンカーに戻るという選択肢も4Sの中にはなかった。

「別に現地での連続稼動時間を誇りたいわけでもないけどさ」

 誇れるところがそれだけ、というのも癪なのだ、要するに。もともとS型は他のヨルハ機体と比べ単独調査任務に赴くことが多く、初めから生存に特化した機体だ。
 と、まあそれはそれとして、行動に移すのかというと、特に切羽詰った理由でもないのであえて動き回る気もさらさらない。
 少なくともこの場所には、無限に時間が潰せる要素が山のように、それこそ自分がアンドロイドでなければ収集しているうちに寿命を向かえてしまいそうなほどの膨大な知識の山である書籍が存在していた。そして、潜伏任務の傍ら、データ化するよりもそのものを読み理解するという行為に、4Sはいつしか没頭するようになっていた。

「4ちゃん司令部より通信入りました〜:大規模掃討作戦へ参加せよ、だってよ。どうするよ」

 久しぶりのアラートと共に、支援ユニット021からの報告。ああ、そういえばこの区域に降下したヨルハ機体が機械生命体ネットワークの中枢を叩いて破壊したって通信は数日前に傍受したっけか。たしか一度ここにも来たことのある、気鋭の新型が編成された部隊だったはず。で、今のうちに機械生命体に打撃を与えようっていうことか。そう確認はしながらも、4Sは書面の文字を追うのを止めない。

「大規模掃討作戦?どうするもこうするも。スキャナータイプで潜伏・調査特化型の僕が参加してどうこうなるもんじゃないでしょ」

 旧世界の人類の遺したもののなかで一番興味が惹かれるのは、彼らの戦争という行為に対する飽くなき挑戦と情熱だ。人類はその歴史の中で常に争い続けていた。自分たちの国を、宗教を、仲間を、家族を、大義を守るためと称し、あらゆる理由をつけて彼らは戦っていた。結果その数が減ろうとも、築き上げた文化や文明を破壊してまでも 、彼らは争いを繰り返した。なぜ、彼らはそこまで戦いを求めたのだろう。興味が尽きずに今日も4Sはこの巨大な書架の中から一冊の本を手にとっている。項目:戦争と書かれたその書架の本は、殆ど読み終えてしまったのだけれども。

「いやそれが、どうもスキャナー部隊全員集合の作戦っぽいけど?流石にこれシカトこいたらあとではげしくめんどくね?」
「う〜ん、僕そういうの苦手なんだよなあ、協力するのとかさ」

 軍規だとか、指令だとか、命令だとか。まあ一応ヨルハ部隊の一員としての最低限のルールは遵守する気ではいる。けれど、それはあくまでも最低限。出来れば興味のないこと、面白くないこと、面倒くさいことには参加したくない。そもそもこの支援要請だってほぼ一年ぶりの正式な(といってもこのあたり全域の)通達なのに今更一方的に頭数に数えられてもなあ、というのが4Sの本音だった。そもそも戦闘や直接的なハッキングは苦手なのだ。
 かといってバンカーの登録データそのものを弄る、或いは抹消までするつもりもない。逃亡兵や機密を覗き見た者がどうなるかは、よくわかっている。司令部の作戦そのものを否定するつもりは毛頭ないけれど、従う気もあまりない。せっかくここまで敵の陣地ど真ん中で埋伏し続けた努力と能力を、司令部ももう少し買ってほしいものだと思う。旧時代の人類にすべてを習えとはいわないまでも、こうも攻勢の一点張りで退くことを知らないのでは、果たしてこの戦争の行く先に、自分たちアンドロイドの未来はあるのか、そんなことも考えないではない。
 ありとあらゆる理由をつけてみたものの、結局のところ4Sはこのタイミングでの司令部の作戦には懐疑的だった。
 たとえば、だ。これがこちらの攻撃を見透かした敵機械生命体の罠だとしたらどうするのか。今までもなかったわけではない。
 人類軍の戦力の要ともいえるヨルハ部隊を一箇所にまとめ殲滅することができれば、機械生命体にとっての脅威はほとんどなくなるといってもいい。その可能性を、どうして司令部は考えないのだろう。或いは気づいてはいるが引き下がれないのか、そういうやり方しか出来ないのか。
 これまで幾度となく繰り返された降下作戦も、結局のところ敵の一時的な戦力を削ぐだけでそれだけだ。そのことを、どう考えているのだろう。機械生命体は常に進化し続けている。確かに組織戦は朴訥だし戦術も戦略もほとんどが単純だけれども、何しろ数が圧倒的だ。朴訥な攻撃だけでも、あまりにも数が多ければそれだけで障害・脅威になる。相手にそこまでの知能はない、そうタカをくくって何度痛い目に遭えば学習するのか、過去の戦闘データログを振り返る度に司令部への信頼は磨り減ってゆくゆく毎日だった。単独行動が長くなれば長くなるほど見えてくる結論は、すなわち信じられるのは自らの能力と判断・経験そして知識のみということ。

「それとー、定期データバックアップもとっととしろってさ、ウハ、これマトモに聞くの一年半ぶりじゃね?前はストカよろしく毎日入ってたけど」
「それはいつものダミーデータ流しておけばいいよ。あ、適当にそれっぽいバージョンアップはしておいてね、まったく同じってのもまずいし」
「りょ」
「そもそも、今更僕のデータ同期したら、だいぶ悲惨なことになるよね」
「同意:4ちゃん自己改造しすぎ的な?ぶっちゃけ、ヨルハ全員同じになったら大惨事的な?」
「君もひとのこといえないでしょ、021」
「いやでもそれは〜?4ちゃんが勝手にやっちゃったワケだし〜」
「まあそうだけどさあ」

 随行支援ユニット021を改造したのも、あれはちょっとした好奇心がきっかけだった。この場所にはひとりではデータ収集しきれないほどの文字通り山のような知識が眠っている。その中で、たまたま4Sの興味を惹いた本があった。言語学、そういう分野がかつてはあり、その中でも特定地域・あるいはコミュニティの中でのみ使われる言語――スラングという記載がなされた、不可思議な言語だ。スラングといわれるそれはあまりにも細分化されており、すべてを網羅したものは残念ながらなかった。特定の階層化で現れては消える、あるいは変化し続ける言語だったらしい。その言語を理解するには背景となる文化・風俗・時代を理解しなければ意味のわからないものすらあり、調べれば調べるほど興味を惹かれたのだ。なるほど、たとえばこの自分専用の支援ユニット021が自分以外には理解しがたい言語で喋ったら、どうなるだろう。
 それは非常に面白い想像だった。戦場に於いて暗号が使われることはままあったというが、自分とこの支援ユニットだけが理解しうる言語を使用するというのも、なんだか楽しそうだった。楽しそう、面白そうと気づけば、すなわちそれは強迫観念に近いものになる。なんにでも興味を示す一方で飽きやすいと評されることの多いS型だが、4Sは不思議と特定のものにしか興味を示さなかったし、一度興味を示せば気が済むまでとことん打ち込む。
 それから、端的に言ってしまえば長い間行動を共にする相棒が、あの無機質極まりない事務的な応答ばかり繰り返すのもつまらない、という非常に身勝手な理由。
 これが自分の想定しない言葉、あるいは応答をしたらどうだろう。自立した行動をしたら、どうだろう。もちろん自分の支援ユニットであるから主と従という関係そのものは崩してはならない。だが、そこさえ崩さなければ何をいってもいいし何をしてもいい。想定外の自体に対応することくらい楽しいことはないのだ、それが生命活動に関わることでもない限りは。
 思いついてしまえば、いてもたってもいられなかった。幸いこの森林地帯には、随所にヨルハ機体の部品が存在していた。おそらく過去に作戦任務に赴き死亡したヨルハ部隊のものだろう。  そしてこの森林地帯の中には、非常に稀少ではあるがアンドロイドに友好的な機械生命体もいた。彼は少し変わり者で、武器と武器を構成する部品にしか興味を示さなかったが、彼の技術はある程度までなら応用可能だった。
 そうして潜伏任務の傍ら部品を集め、組み立て、調節し、試行錯誤を繰り返した結果、支援ユニット021はいっそ見事とさえ言える成果を示してくれたのだ。彼が、インプットした膨大な言語の中から選択した言葉は、人類の、いわゆる若年層が一時期使用していたと思われるスラングだった。彼がそれを選んだのはたまたまだったが、それが彼の選択なのだと思うと妙に感慨深くもある。随行支援ユニットは三機同時運用が鉄則であるから、三機の021が互いに言葉を交わしている様ときたら、最近ではまるで三人の人間がそこにいるのではないかと錯覚するほど。元から支援ユニットに積まれているA.Iではそこまでの意思疎通は不可能のはずだから、彼らはもはや一個体といってもいいのではないかとすら思う。
 逆にこれでバンカーへの定期的な帰還もほぼ見込めなくなったのだが(流石に支援ユニットの改造を堂々と報告するつもりはない)、もともとそこまでバンカーへの帰還の必要性も感じていなかったし、あまり大きな問題ではない。基本常時接続されているネットワークも適宜ダミーデータを流している。その都度それっぽい進捗状況つきだ。
 ある意味で見放されたか、或いは放っておかれているのかもしれないが、それを幸いに、地上に降下してからの二年半ほどを、4Sはほぼ好き勝手すごしているようなものだ。それほどに、この地上で得た自由というのは、抗いがたい魅力を持っていた。逃亡したヨルハ機体も、脱走兵も、もう少し工夫すればいいのに、とすら思う。誤魔化す努力さえ怠らなければ、非常に快適なサバイバル・ライフを送れるというのに。

「そういえば:あれはどうするよ?敵性機械生命体のデータ収集。4ちゃん忘れてるっしょ」
「あ」

 021の言葉に、ほとんど忘れていた(考えてもいなかった)もうひとつの任務のことを思い出した。先日、というか、太平洋に展開する空母の援護せよ、という指令と共に送られてきた敵性機械生命体の調査。あまり興味を惹かれなかったために先送りしていたのだが、そういえばそんなものもあったな、と司令部よりのメールを再読、確認する。
 とはいえ、これもやはり漠然としすぎていた。だいたい、機械生命体は既知の事実ではあるが進化する。その進化のパターンは無限といってもいい。それをすべて調べて網羅しろ、ある意味当初4Sに課せられた指令よりも途方もない。先の任務も遂行中だというのに、更に途方もない任務まで押し付けられるのではかなわない。ほんとうに、そのへんに同型がいたら適当に頼みたいところだ。戦闘は得意ではないしできれば自分はここから動きたくない。

「……まるきり無視ってのもないし、とりあえず適当なタイミング見計らってこのあたりの敵性機械生命体のデータの一部を報告しておこう。まとめてやっちゃうと、それはそれで後々面倒だし」
「りょうか〜い:ほんじゃま、自分、ぼちぼち偵察向かうわ」
「うん。君のことだから平気だろうけど、見つからないようにね」
「オッケーオッケー:まあうまくやりますって」

 音もなく移動する021を見送り、4Sは再び手元の書籍に没頭する。データで理解するよりもずっとわくわくする、とても古い知識たちは、この上なく楽しく想像を掻き立ててくれる良質の「友人」たちだ。021が偵察から戻るまでの時間は、純粋に自分のために使える時間だ。これも彼を改造して得られた貴重な時間である。021は021でうまくやるし、データ収集の効率面からいっても支援ユニット単独でも条件設定さえ巧く調節してやればいちいちヨルハ機体の自分がエネルギーを無駄に消耗しながら赴くまでもない。
 つまりこれは、お互い効率的な役割分担というやつである。




   バンカー陥落、その情報を耳にしたとき、ああ、やっぱりな、と、どちらかといえば納得した。そもそもヨルハ部隊は機能をバンカーに集約させすぎていた。あれでは敵に狙ってくれといっているようなもの。いくら衛星軌道上にあるとはいえ、機械生命体の生みの親は宇宙からやってきたのだ、ならば彼らが宇宙を目指さない・戻らない理由はどこにもないし、まして宇宙で彼らが活動できないわけがない。
 もともと単独行動が長くバンカーに帰還すらしていなかった4Sにしてみれば、いざというときの義体バックアップがないから少々面倒なことになったかなあ、程度の認識でしかなかった。
 懸念どおり敵に一網打尽にされ、残存ヨルハ機体は片手で数えるほど。確認してみると、やはりというかS型が多かった。いざという時の自己メンテナンス・修復やウィルス除去が可能な機体が生き残ったのは、当然の結果だろう。まあ彼らと接触出来たら可能であれば協力はするかもしれないが、それも場合による。

「とりあえず任務を途中で放り出すのもいやだし」
「でたよ4ちゃんの自己満」
「自分で満足出来なくていったい何のためにこんなことするのさ。そりゃ存在意義を示せる相手がいなくなったのは少々残念だけど、別にそのためだけにこんなことしてるわけじゃないし」
「それはいいとして:ブラックボックス信号ありよ。あー……」

 珍しく言葉を濁す021。彼の言い回しは確かにスラング由来で独特だが、言葉を濁すことは稀だった。そのように、自分が調節したのだから。

「何、汚染機体でも侵入したの」
「いや、そーじゃなくて、あれっスわ、アレ」
「アレじゃわからないってば」
「ヨルハ機体9S。例の、ニューフェイス」

 固有名詞を聞いてああ、となる。例の新型ね。僚機と抜群のコンビネーションで異様ともいえる成果をここ数ヶ月で挙げている、S型でも珍しく近接戦闘・支援の両方をこなせる機体だとかいう。性能の高さは折り紙つきで、それ以外にもいろいろな雑多な噂が入ってはきているが、その手の噂は部隊の士気を高めるため流布させる類のものだと思っていたが。
 確かに、彼が生き残っているのは当然だろう。
 ロールアウト自体は4Sが地上降下する前だったが、実際に実戦投入されたのはここ最近のことだ。適当に放置されている自分とは根本的に違う、正真正銘、ヨルハ部隊の虎の子であり切り札的存在。

「また僚機と一緒?たしか、2B……こっちも戦闘経験豊富なベテランのバトルタイプでしょ。いよいよここを壊滅させるつもりかな?」
「んー、ブラックボックス信号から考えると、単独っすね」
「ふうん、なるほどね。部隊壊滅・バンカー陥落・相棒がいなくなってやけを起こした特攻……は、ありえないかなあ、腐ってもS型だし。接触の可能性は?」
「そもそもの目的がわかんねーからなんとも。あ、でもあれ、4ちゃんが前に受けた任務、あっちで協力は出来るんじゃね?」
「ああ、データ収集のこと?確かに彼なら、戦闘経験豊富そうだし、無駄に膨大な敵性機械生命体のデータは持ってそうだなあ」

 問題は協力してくれるかってとこだけど。S型は、自分の例に漏れずだいたい自分勝手で興味がなければぴくりとも動かない。そこに合理性だとか、協調性を求めてはいけないのだ。

「まあ、向こうから接触してきたら、考えますか」
「りょ:したらまた定期巡回いってきま」
「うん、気をつけてね」

 021の定期巡回で得られる情報も、以前よりも少なくなってきていた。もともとこの区域の機械生命体は変わった行動をする可能性が非常に低いのだ。そして、例のヨルハコンビがここを訪れて以降、以前よりも彼らの敵性意識は高まっていた。だから、できればあまり動きたくはない。結局は4Sの結論はいつもと変わらないものだった。



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2017年08月29日
公開