NieR:Automata/11945年9月、僕たちは兵器だった

ヨルハ機体十号H型

 いつものように、006に無理やり起こされて、用意してくれた食事を食べて、適当に時間をつぶして、見回りと点検をする――そんな10Hの日常は、突然崩れた。最後の部屋の点検を済ませようやく一息つこうと自室に向かおうとした10Hについてくるはずの006が、突然向きを変えて勝手にどんどん進んでゆく。10Hの随行支援ユニット006は比較的自立した振る舞いが多いものの、理由や説明もなく支援対象から離れて行動するということは、あまりない。どういうことなんだろうと10Hが疑問に思っていると、それを見透かしたかのように006が空中で停止し、大小四本のアームを動かして目的地の方向を指し示す。

「そういうわけで、ついてきなさい」
「何?そういうわけでって何?ちょっと、どこいくの?」
「いいから、こっちよ」
「待ってってばー」

 会話をしながらも006はどんどん先に進んでゆく。10Hも慌ててその小さな姿を追いかける。

「推奨:早くなさい。時間制限があるんだから、残り8分32秒よ」
「だから、話が見えないんだけど?!」

 そういえば少し前、なにやらぶつぶつと通信をしていたような気もしたが、この基地に沢山存在している006同士で何か情報交換でもしているのだと思っていた、のだけれど。
 話を聞こうにも006は「いいから」と詳細を濁すし、この広い基地に他に退屈を紛らわす相手もいないから、10Hについていかないという選択肢はない。
 そしていつの間にやらまったく見覚えのない区画に入っていた。そう、見覚えのない――この施設はありとあらゆる場所が白一色で作られているはずなのに、今10Hが歩いている区画には「色が在る」。それが既に異常だということくらいは、さすがの10Hでも気がついていた。そして006の向かう先には、四角く灰色の、アンドロイドが二人くらいは入れそうな大きさの「箱」。何だろうあれは、あんなもの、この施設にあったなんて、今の今まで気づかなかった。ずっとこの場所にいたはずなのに、気づかなかった、だなんて、どういうことだろう。
 10Hの頭の中には、いまだかつてないほどの疑問がぐるぐると回っていた。けれど、それも006の次の一声を聞くまでだった。

「回答:沢山疑問は在ると思うけれど、まずは地上に降りましょう」
「ち、地上!?」
「ええ。ここにある転送装置は一方通行で一度しか使えないの。もうここには戻れないけれど、ヨルハ計画が失敗に終わった以上、構わないわよね」
「はあ?!何、え、ヨルハ計画?失敗って?どういう…」

 006の言葉の意味がまったくわからない。そもそも突然何を言い出したのかもわからないし、何でこんなことをさせようとしているのかもわからない。わからないことだらけだ。

「提案:地上に降りたいなら、認証キーが必要よ。認証キーはこの施設の番人であるあなたのブラックボックス信号。そして、キーを起動すれば自動的にこの施設は全自動モードに移行し、以降アンドロイドも機械生命体もアクセス自体不可能になるってわけ」
「は、話が急すぎてよくわからないんだけど……?」

 006との会話と同時に、10Hの記憶領域が自動的に解放された。この施設は深海ではなく月面にあるということ。守っているのは人類の遺伝子データであり、人類は既に絶滅しているということ。それだけでも頭がいっぱいになり処理しきれない10Hに、トドメの一言を006は付け加える。

「警告:それから、あなたが地上に降りないと、あなたはまた今までどおりの生活に戻るだけだけれど、地上の数少ないヨルハの生き残りは遠からず全滅するわね」

 急に強い言葉を使い出した006の告げた内容は衝撃的過ぎて、今までの「なにがなんだかよくわからない」が一瞬でおおごとになった、ということだけを、辛うじて10Hは判断した。ヨルハ部隊が全滅?ちょっと、何言っちゃってるの?っていうか、それって私の意思に関係なく選択肢ないよね?仲間を見殺しにするかしないかってことだよね?

「さて、どうする?」

 地上の状況は――もっといえば、戦況などまったくわからない。わからないけれど、少なくとも状況はあまり良くなくて、仲間が地上にいて、仲間をこのまま見殺しにするか否かといわれたら、地上に向かうに決まっている。

「う……よくわからないけど、私に断るっていう選択はないと思う」
「素直なのはあなたのいいところね。さ、転送装置に入りなさい」

 本音を言えば、よくわからないことだらけだった。それでも、006に促されるままに10Hは「転送装置」とやらにアクセスすると勝手に入り口らしき箇所が開く。
 他にまったく選択肢がないままに、10Hは生まれて初めて地上に降り立つことになった。



 生まれてはじめての地上。生まれて初めての外の空気。どこまでも青く、澄み渡る空。10Hが地上の景色に意識の殆どを持っていかれかけた瞬間、006の無常な音声が割り込んでくる。

「警告:あら、周囲に敵性反応ありよ。というよりも、ちょうど索敵をしていた斥候にたまたま見つかった、という状況みたいね。あなた目掛けて機械生命体が4体ほど向かってきてるみたい。そういえばあなたの今日の木星占いは最低だったわね」
「は、はああああああ?何ソレ!!」

 一瞬で現実に引き戻された。どうも、ここは、敵地のド真ん中らしい。なるほど最低な状況だ。

「ほら、いいからさっさと応戦しなさい」
「応戦って、私武器も何も持ってないよ!?そもそも戦ったことなんてないよ!?ポッドどうにかしてよー」
「射撃で応戦は可能だけれど……ええと、最悪なお知らせがもうひとつ。敵機械生命体は、射撃を無効化するタイプみたい」

 最低に最悪の上塗り。これが俗に言うお手上げってやつだろうか。

「嘘でしょおおおおおおおおお」
「提案:南東方面に敵性反応はないから、そちらへ全速力で向かいましょう。その方角の先には、地上アンドロイドたちのキャンプもあるわね。相手の歩行速度から計算すれば、あなたが逃げられる確率は67%。ただし、全機能を一時的に走行優先するようプログラムをしなおした前提でね」
「地上に来て即死なんて勘弁、オッケーそれ採用!」

 言うが早いか、10Hはあえて外界をシャットアウトし全機能のうち6割を脚部に集中させる。計算上10分はもつはず。10分間、とりあえず逃げまくる。

「このマップデータを参照なさい。それから、この廃墟都市一体は地形が複雑だから気をつけること」



「4ちゃん警告入りましたー、敵性反応を半径3キロ以内、ギリ陥没部付近から検知ー、そ、れ、と〜、おおっと、アンノウンが交戦中っぽい?」

 周囲を警戒していた4Sの随行支援ユニット021が、まったく緊急性の感じられない警告を発する。彼は彼なりに緊急性を伝えているとわかるのだが、021を相棒だと認識している4Sですら緊急性をほとんど感じないのだから、やっぱりちょっと言語領域のカスタマイズしすぎたかな、これじゃあ僕以外のアンドロイドには警告の意味をなさないしなあ。そんなことを考えているのだから、4S自身も相当マイペースではあるのだが。

「……アンノウン?今更アンノウンだなんて、人類軍上層部の気分が変わってこの地区に援軍でもよこしたとか?人類軍が新機体の開発をしてたって話なんて、噂レベルだと思ってたんだけどなあ」
「ちょいまちー、該当機体からブラックボックス信号検知、位置特定終了。うっわガチでヨルハ機体だわこれ」
「ヨルハ機体?!僕たち以外にヨルハの生き残りがいるってこと?」

 ヨルハ機体、という言葉に9Sが反応する。とはいっても、あまりよろしくないほう、つまりは警戒態勢に移行したのだが。常に肩から吊り下げている狙撃銃を手にしたことからも、攻撃態勢に入るべきと彼が判断したのだ、とわかる。

「おっわ強制通信キタコレ:至急援護されたし、当方ヨルハ機体はH型で単独戦闘が不可能な上、相手に射撃が無効化されるため状況を切り抜けることが非常に困難。だってよ、割と面倒げ案件。4ちゃん、どうするよ?」
「うーん……今の、殆ど電波ジャックだよね。君だって通常起動中なのに。なりふり構ってらんないのかな」
「うぃっす、バリバリふつーに動いちゃってます」
「それにしてもどうしてヨルハの生き残りが、単身敵地のド真ん中に……しかも非戦闘タイプって……怪しいな」
「ですよねー。怪しげ、っていうよりも罠の可能性高め的な?むしろ、ウチらピンポイントで狙ったんじゃねーの、的な?」
「うん、僕もそう思うんだけど、かといってわざわざヨルハ機体ってのが気になるんだよなあ、ブラックボックス信号は健在なんでしょ」
「ポッド、通信回線開いて。こちらヨルハ機体9S、救援要請を受諾」

 4Sが随行支援ユニット021とさてどうすべきかと逡巡している隙に、同行している9Sが自らの支援ユニットを使い勝手に通信を始めてしまった。そういえばナインズ、こういうときはあまり考えないで決断する変な癖があるのを、すっかり忘れてた。

「ナインズ?ちょっと、ちょっと、待てってば」

 支援ユニットを使った通信を強制的にシャットダウンする権限は、さすがにない。ハッキングして強制停止させることも出来るが、なにせ相手は9Sとその随行支援ユニット二体だ、面倒なことになるのが目に見えている。だから言葉で諌めようと思ったのだが、どうもそれも無駄らしい。

「至急救援行動を行います、現在位置からだと直接救援に向かうまで時間がかかりそうなので、極力回避行動に専念してください。出来れば現在位置からあまり動かないでもらえると助かります」
「この状況でヨルハ機体だなんて、敵の罠の可能性の方が高いって…!」
「同感:4ちゃんに賛成、いくらパイセンたちでもヤバめな可能性が高いっていうか、そもそも153と042も支援ユニットならそこは待ったかけ時っしょ!」
「拒否:我々は随行支援ユニット。支援対象の命令にのみ従い、支援対象が望むのならば最適の判断・支援をするまでである」
「153に同意:それが非合理的であろうと、妥当でなかろうと、我々は従うだけだ」
「マジかー……ガチ修羅場潜り抜けてるだけあって、やっぱ即決力と言うことパねえなこいつら」
「罠なら罠でその時考えるし、そうじゃなければ貴重なヒーラー。例え新兵同然だとしても、見殺しにする理由はないよ」
「ホントはB型かD型に装備転換してるでしょ、ナインズ」
「同感」

 なんだか時折、こういう判断下すんだよなあ。いわゆる脳筋、考えなし。戦場での判断はその早さが重要とはいうけれども、その判断が一般的にスキャナータイプが下すであろうものとは正反対の判断。頭の回転も速いし、性能も申し分ないんだけど、ナインズのこういうところがよくわからないんだよ、妙なこだわりが多いし。口に出すとまた面倒なので内心のひとりごとでで留めるが、こっそりと4Sに伝わるようにだけ、021が同意してくる。

「こちらでブラックボックス信号から位置の特定は出来ました」

 そうこうしている間にもう自分で相手の位置特定とポイントまで済ませた9Sは、さっさと銃の点検を始めている。狙撃銃――俗にいうスナイパー・ライフルは、ジャッカスがどこからともなく調達してきた代物で、更にそれを9S自身が彼女と共に改造を施し、部品も弾丸さえも一体何を使っているのかもわからない、正真正銘9S以外のアンドロイドには扱えない代物だ。触ってみたいし手にしてみたいという好奇心は4Sにもあったが、触ったあとの9Sに対処しなければならないことを考えるとその好奇心すらひっこんでしまう。以前彼が携えている軍刀を悪戯半分で触ろうとしたとたん、本気で怒った9Sにハッキングされせっかく蓄積していた記憶データをごちゃごちゃにされたという笑い話にもならない経験をしているのだ。因みにデータの整理と修復に5時間ほど費やした。

「相手より直接通信データあり:ポッド006より感謝:ありがとう。この子はちょっと運動音痴だけど出来る限り頑張らせるわ。通信終了」
「座標データ確認、十時の方向、到着まで300」
「300か……相手は非戦闘員だとすれば、普通に救援に向かったんじゃ間に合わない。了解。敵のデータは?」
「敵データ確認、通常の射撃が無効なタイプが4体。何れも小型のため近接戦闘を推奨」

 二体の随行ユニットの報告を受けている間に、9Sはさっさと狙撃用ゴーグルを装着して狙撃ポイントの物色を始めている。4Sは肩をすくめた。次に9Sが何を言ってくるか、おおよそを察したからだ。

「4S、君は直接ポイントに向かって救援できる?」
「うーんとナインズ、君の考えてることはだいたいわかるんだけど、この場合正確には非武装かつ戦力外のアンドロイドの救出だよね。近接戦闘は僕だって苦手なんだけど、まして全然戦えない相手の救援となると…」
「敵を撹乱するのとハッキングだけは得意だって豪語してデータまでわざわざ見せてきたくせに、あれは嘘だったってこと?」
「ちょおまて、まておい、いくらパイセンでもうちの4ちゃんの性能疑うような発言はいただけないっす、あとあのログはガチなんで、マジめのガチなんで」
「はいはいわかったわかった、021もこの程度の言葉尻にいちいち反応しないの。ええとそれじゃあヨルハ機体4Sよりポッド006へ、今から救援に向かいます。到着まで僕なら250ってとこかな。幸運を祈ります」

 罠なら罠でその時考える。まあ、ナインズは一度決めたらテコでも動かないし、こうなった以上そうするしかないよね。罠の可能性だとか考えてもキリがないし、万が一仲間が生きてたんだったら、それはそれでラッキーかな。途方もない場面でも常に楽観的なのは、四号タイプの特徴だ。その特徴に漏れず、また、地上に降下してから三年以上殆どバンカーにも戻らずに稼動し続けているという実績と経験もあってか、4Sも非常に楽観的な性格だった。
 ようするに、なんとかなるでしょ、というやつだ。



「報告:よかったわね、なんと近くにヨルハ機体がいてくれたみたい、しかも最新鋭機体とベテランのコンビよ。到着まで250、つまり4分10秒逃げ回れば、なんとか生き延びることが出来るってこと。さっさともういっぺん自己ハッキングして運動神経を一時的に上昇させなさい」

 それは確かに幸運といえるのかもしれないけれど、今の10Hに250という数字は絶望的に聞こえた。逃げまくる、その決意をしたのはよかった。実際数分はそれでなんとかなった。ところが、そこで想定外の――というより、10Hも006もすっかり失念していたのだが、10Hの連続稼動可能時間が他のヨルハ機体に比べて絶望的に低く設定されていたのだ。確かに施設で決められたメンテナンスと巡回、それが任務であれば、長く連続稼動する必要はない。当然といえば当然だったのだが、この状況では完全に裏目に出ていた。

「そ、それは、うれ、うれしいんだけど……、ちょっと……ええと……どうしたらいいの……」
「提案:落ち着きなさい。どうしてさっき出来てたことが出来ないの、手順がめちゃくちゃよ」

 まさに息も絶え絶えの10Hに落ち着けとはひどいアドバイスもあったもんだと、006を恨めしげに見上げた瞬間、突如、あたりに轟音と閃光が走る。自己ハッキングに集中していた10Hは音と光の衝撃に耐え切れず、その場に倒れこんでしまうほどの衝撃波が秒遅れでやってきた。

「え、なん、何の音と光?」
「推測:あれは人類の戦争でよく使われた、アクティブ・デコイの一種じゃないかしら、ずいぶんと旧式だけど機械生命体にも有効なのかしらね」
「ひえっ」
 006の報告を耳にしたかしないかのタイミングで、至近距離に何かが着弾し、10Hに今まさに襲いかかろうとしていた機械生命体を破壊、爆破した。10Hに多段攻撃を仕掛けようとしていたもう一体も破壊時の爆破に巻き込まれて同様に破壊、爆発する。お見事としか、いいようがない。

「報告:わお、お見事。今ので、直撃した機械生命体は完璧に破壊されたわ。この正確さ…ヨルハ部隊のガンナータイプは確かアタッカータイプと統合されたはずだったけれど、現存してたのかしら……?それとも、改良型が新編成でもされたとか?」

 先ほどの轟音と、至近距離での爆破音のせいで006の報告を認識するのもやっとだ。まだ聴覚が若干おかしい気もする。メンテナンスしようにも、この状況でそれは無理というもの。

「い、一撃で二体一緒に……ていうか着弾地点が少しずれてたら私、巻き込まれたよね!?」
「警告:ほら、それよりもぼさっとしないで逃げなさい!まだ敵は生きてるのよ!」
「あ、足が……すくんじゃって……」

 敵はこれで残り二体になった。彼らも先ほどの轟音と閃光の影響で明らかに運動機能に障害が発生しているようだが、ろくに動けないながらも赤い瞳は10Hに狙いを定めたままだ。

「これは、先の戦法に倣うしかないわね」

 006が射撃モードに移行する。とはいえ射撃は無効のはずだ。よく回らない頭で10Hが疑問に思っていると、眼前に次々と10Hに似た映像が投影される。慌てて転がりながら逃げ惑う10H、ろくろく武器の扱い方もわからないくせにそれっぽく両手で剣をがむしゃらに振り回す10H、確かにどれもこれも、10Hが戦闘行為に巻き込まれたら取りそうな行動だと妙に感心すらしてしまう。目標と定めていたはずの10Hが大量に出現したことで、敵機械生命体は戸惑っているようだ。奇妙な機械音を発してなにやらやりとりをしている――彼らにも言語というものが、あるのだろうか。

「やっぱりね、このタイプの一定性能に特化している連中はたいてい内の守りが薄いからなあ」

 突然、一体が不自然な挙動を示した直後に明確な言語を口にする。それも、先ほどまでの機械音の延長線上のような音ではない、これは明らかに「声」だ。

「き、機械生命体が、喋ってる……?」
「否定:よく見なさい。この機械生命体、敵性反応がないでしょう。味方よ。こちらポッド006にヨルハ機体10H。ありがとう、助かったわ」
「いえいえどういたしまして。お礼は僕じゃなくてナインズ、9Sに言って下さい。もう少ししたらこっちに来るだろうから」
「S型……?ヨルハのひと……?」
「4ちゃん4ちゃん、いまの4ちゃん、外見機械生命体だから相手さん超絶イミフな状況」

 稼動音と共に現れたのは、見慣れた、けれど006とは違う黄色いカラーリングの施された随行支援ユニット。

「あ、そうだね、さすがにこのまんまじゃご挨拶だよね。ちょっと待って」

 待て、との言葉に10Hは素直に従う。すると、突然目の前の機械生命体が二体同時に内部爆発を起こした。状況を理解できずにぽかんとしていると、のんきな足取りで黒髪のアンドロイドが現れた。にこにこと人懐っこそうな表情は、こちらを安心させるためだろうか。全身黒の衣装、それから黄色ベースのカラーリングの随行支援ユニット。間違いなくヨルハ部隊の一員だろう。ゴーグルをしていない黒い瞳は丸っこくて、いっそ可愛らしいという表現が似合う少年だ。

「はじめまして、僕は4S。さっきのレンジ外狙撃をしたのが9Sで……とりあえず、応急処置が必要?」
「ありがとう、でも一応この子、ヒーラーだから自己メンテナンスは可能」

 あああ、黒衣のアンドロイド。仲間。仲間だ、たぶん。助けてくれたひと。端的な理解を頭脳が示したとたん、10Hの全身のが抜けた。

「……じゃ、ないみたいね。お願いしてもいい?」
「了解」
「このあたりの敵性反応はナシ:4ちゃん、メンテしてもよさげな状況」

 座り込んだままの10Hと視線を合わせるように屈んだ4Sは、内部スキャンするまでもないような外傷の有無を確認後、手をかざす。

「見たところ外傷はないし、少しだけ内部データを見せてもらってもいいかな。最低限のチェックだけしたいんだ」

 他人にメンテナンスされた経験などない。そもそも自己メンテナンスくらいはできる。いつもならば。出来れば首を横に振りたかったが、生憎それすらもままならず、「お願いしなさい、10H」という006の言葉を肯定するように首を上下に振るだけで精一杯だった。



「君が、生き残りのヨルハ?」

 4Sの簡易メンテナンスが終了した頃にやってきたアンドロイドの少年は、一言で言うと「異形」だった。異形という言葉を10Hが認識したのは初めてだったが、他に適当な言葉が見当たらない。片腕のないアンドロイドなんて見たことも、聞いたこともないからだ。それだけで異様だという認識になるには十分だった。
 機械生命体だって、欠損をそのままにする個体などデータベースを参照する限りは見たことがない。あえて不利な状態でいるだなんて、修復のできない人類ならばいざしらず、部品さえ調達可能なら幾らでも替えのきくアンドロイドである以上非合理的で無意味な選択でしかない。
 彼が、4Sが言っていた9Sなのだろう。 10Hでも評判は知っている、ヨルハ最新鋭機体。背格好や顔かたちは、なるほど同じS型の4Sと似ているけれど、それはあくまでも造型上の話だ。予め同じS型だと知らされていなければ同型だと認識すらしなかったかもしれない。人懐っこい印象の4Sとはまったく異なる、ひとを値踏みするような冷たい双眸は鋭くて、他人を寄せ付けない雰囲気がある。ヨルハの象徴でもあるゴーグルを取り外した暗い青灰の瞳は、何を考えているのかまったく読めなず、隻腕ということも相まって怖いという印象が先行した。
 それに、異なる随行支援ユニットを二体も同時に連れているのだっておかしい。そもそもヨルハ機体に支援ユニットは一体三機という取り決めは、機体の処理能力的にそれが最善で最適だからだ。
 武器は背中に携えた軍刀、それと肩から釣り紐でぶらさげて手にしている自分の背丈程もある狙撃銃。純戦闘タイプのB型やD型ならば複数の武器を同時に扱って戦うことも可能だが、彼はS型だと聞いている。S型が武器を複数携えているだなんて、いくら最新型とはいえそもそも能力的には不可能だ。自己改造でもしたのだろうか。それに、狙撃銃なんて旧式の武器。地上アンドロイドならいざ知らず、最新鋭ヨルハ機体は射撃に関しては随行ユニットで自動或いは任意で行うことが可能だ。だからヨルハ式の銃火器など旧式のものすらほとんど存在しない。彼が持っているのはデータベースに登録されているものではないから、恐らく自力で改造を施したものなのだろう。興味はないけれど、なぜそんなことを、という疑問は浮かぶ。
 総じて、地上で出遭った二人目のヨルハ機体・9Sは、10Hの想像しえないような奇妙な、いびつさしか感じさせない存在だった。ふと、少年兵、という言葉が10Hの脳を過ぎる。人類が、戦争の最終局面で――それこそ限界まで兵士を動員せざるをえない場合に、物心つくかつかないかの子供を兵士として教育する文化があったという、それを思い出した。戦うために育てられて、戦うことしか知らないこども。目の前のアンドロイドは、まさにそんな印象がしっくりくる。

「彼女は10H、こっちが随行ユニットの006。彼女、初めての地上と戦闘でちょっとしたショック状態に陥っちゃったみたいだね」
「H型は戦闘は不得手だとは聞いてたけど、仮にもヨルハ部隊の一員が、初めて前線を経験した徴兵あがりレベルの反応だなんて」
「肯定:ごめんなさいね。それから助けてくれてありがとう。あなたが9Sね、さっきの超長距離射撃は予測着弾地点といいタイミングといい完璧だったわ。お陰でなんとか死なないで済んだみたい」
「まあまあ、10っちガチで初めてっぽいから、機械生命体がってよりか、おおかたパイセンのマジでイミフな戦い方にパニクっちゃったんっしょ、ヒーラーならまあしゃあないし、わかりそうなもんっていうか」
「否定:9Sは救援要請を受け相手を生存させるという目的を達するために、最善の手段をとったまでである。その手の問題は新兵にはありがちだが、時間をかければ自己修復が可能なレベル」
「ポッド042に同意。ましてH型であれば、精神メンテナンスを含め自己修復能力は他のタイプよりも優れている」
「そういうことじゃなくて、10っちのメンタルっつーか、そもそものココロのところ考えてやれって話。ほらよくあんでしょ、新人がいろいろショッキングすぎてトラウマ植えつけられちゃってそもそも戦場自体がガチンコ無理になるやつ、データ参照すっと、わりとヨルハん中でも珍しくもないっていうか、アンドロイドでもありがちな?その原因がお仲間の救援行動だったってなら、ショックでかすぎでテンパりもするって」
「4S、君のポッドの主張によると僕はよほど規格外の化け物らしいんだけど」
「あはは、君の超長距離射撃はヨルハ機体でも殆ど実行者がいないから彼が慣れないのも仕方ないんじゃないかなあ。僕だって未だにわかっててもびっくりするよ。しかも君、戦闘タイプのつくりじゃないもの」
「パイセンの狙撃、随行支援ユニットとしてはシビれるっつーか、マジリスペクトしたいっす、無理めなのわかってますけど、てぇそれとこれとは話ちげぇよ4ちゃん!」
「9Sの射撃能力は9S自身の自己カスタマイズとレジスタンスアンドロイド・ジャッカスによるもので、他の追従を許さない。今回の救援も、通常ヨルハ機体では間に合わなかったと断定」
「だよねえ、専属の随行支援ユニットの153が言うくらいなんだから」
「153は余計なことを言わない。それにしても今更、全然戦えないH型が、一体どこから、地上に何をしに?」
「……た、戦えなくても仕方ないじゃない……私はヒーラーなんだもん……」
「だから、どうして、どこから、そのヒーラーが、今更?僕ら以外にヨルハの生き残りがいるなんて情報は、ジャッカスも抑えてなかった」
「うーん確かに。あの人の情報網にひっかからないヨルハ機体っていうのは、ちょっと考えにくいかなあ。実際僕だって021が勝手なことしなきゃ始末されてたわけだし」
「ちょ、4ちゃんその話はできればナシめで、いろいろめんどいんで」
「だから、言ってみればあなたがたの出現は不自然極まりないんです。この場合、信用出来る材料はなにもない。仮にブラックボックス信号が本物だとしても、敵の罠や何かの意図があるって考えるほうが妥当ですから」
「それはまあ、確かに否定できないわね。けれど、それでも救援要請には応じてくれた」
「万が一の可能性もありましたし。そもそも僕や4Sが生きているのは、その万が一の可能性によるものなので」

 畳み掛けるような9Sの口ぶりは、明らかに自分は歓迎されているという雰囲気ではない。二人とも何を考えているのかはさっぱりわからないのだが(特に4Sの随行支援ユニットの独特の言い回しは独特すぎて何を言っているのかよくわからないレベルだ)、少なくとも9Sは明らかに戦闘区域に非戦闘員がいるというだけで10Hを責めている。あるいは、状況的に10Hの出現が不可解で、疑われているのか。理屈ではわからなくはないし、戦闘任務に長くついていたというのなら尚更言葉が強くなるのかもしれないけど、それにしても言い方ってあるんじゃないの。9Sの一方的な物言いは、先ほどからいちいち10Hの神経を逆撫でしていた。

「いまさらっ、て…」
「あら10H、落ち着いた?落ち着いたのならまずは二人にお礼でしょう。それから状況の説明ね。彼ら二人がいなかったらあなた、死んでたのよ」

 006の諭すような言葉に、10Hははっとなる。相手を詮索している場合ではなかった。相手の態度が(特に9Sの態度が)気に食わなくとも、彼らに助けられたという事実は、遺憾ながら揺ぎ無いのだ。

「……ええと……その、……助けてくれて、ありがとう……ございます」
「別に、仲間を助けるのは当然だから」

 あれだけ自分たちを信用しないと言った割にはあっさり仲間という言葉を使い、9Sは10Hを値踏みするようにじっと見つめてくる。何の感情もないようなその視線の居心地が悪くて、10Hはとっさに話題を変えたくなった。とはいえ、今の今まで話し相手といえば006だけだったのだ、何を話していいのかもまったくわからない。同じヨルハ機体といってもタイプも違う、まして経験がまったく異なる、わけのわからない相手に、一体何を話せばいいのだろう。

「あ、あの!その、私、ずっと施設にいて、外に出たこともなくて、急に地上に来ることになって、地上初めてで、聞きたいこと、山ほどあるんだけど、ええとその……」
「とりあえず武器もない、使ったこともない、応戦も不可能、そのまんまじゃただいるだけで足手まとい以外何者でもないから、一度レジスタンスキャンプに向かいましょうか。あそこなら落ち着いて話も出来るだろうし、何より貴重なヨルハH型を見殺しにしたら、責められるのは僕なので」

 ようやくなんとか会話をしようとした健気な努力を一蹴して、9Sは現実的な提案をしてくる。彼に対する印象が最悪の10Hにしてみるとわざとか、と思えるタイミングだ。

「いやあ、仮にそうなったとしても、リーダーがその件でナインズを責めることはないでしょう。少し気負いすぎじゃない?」
「リーダーは、ね」
「……なんか、なんか、なんか!黙って聞いてたらずいぶん好き放題言ってくれるじゃない!」

 思わず、10Hは怒鳴っていた。流石に驚いたのか、4Sと9Sが同じタイミングで10Hを凝視する。

「そりゃあ私戦えないし、武器使えないし、足手まといかもしれないけど、地上だって初めてでそもそも戦った経験も必要もないところからいきなり出てきて、目の前にいっぱい敵がいて、ポッドも対応出来ないとか言われて、もう、もう、むちゃくちゃだし、わけがわからないのに、なんでそこまで言われなきゃならないわけ?別に好き好んでここに来たわけじゃ…」
「推奨:やめなさい。あなた、助けてもらったのよ。それに帰れといわれたらどうするの。さっきも言ったけど、もうあなた、戻れないのよ」
「わかるけど、わかるけどなんか言い方とか態度とかさっきからムカつくんだもん!」

 まさに堂々たる逆ギレである。10Hにも理不尽なことを言っている自覚はあった。
 確かに9Sの判断は妥当だろう。一応、仲間という認識はしているみたいだし、態度は兎も角。態度は兎も角、だが、その、態度が問題なのだ。そのレジスタンスキャンプとやらまで彼と一緒に行動をしなければならないと思うと、限りなく憂鬱だし出来れば勘弁してほしい。最初の4Sが安心できる相手だったから油断していたけれど、その相棒ときたら地上で初めて出会うには最悪の部類だ。助けてもらってこんな事を言うわけにはいかないと今の今まで我慢していたが、悲しいかな10Hはたいして我慢強くはなかった。
 一体どんな厭味を言われるのか。覚悟はしていたのだが、9Sの表情は相変わらず無表情に近く、返ってきた言葉は意外といえば意外だった。

「……4S、彼女、案内してやって。レジスタンスキャンプまでは遠くないし」
「え、うん、それは構わないけど、ナインズは?」
「適当に"散歩"して帰るよ」
「……了解、リーダーにはそう伝えておくよ。とはいえ帰投する連絡してあるんだし、あまり無茶はしないようにね」
「何かあればいつもの回線を使うから、021とのお喋りはほどほどにしてよ」

 言うなり9Sはさっさと目的地を定めたのか、二体の随行ユニットと共に廃墟ビルの間にさっさと姿を消した。

「うーんと、ごめんね、10H。ナインズも悪いヤツじゃないんだけど……ちょっと色々あって、捻くれてるっていうか面倒なところあって」
「面倒っていうか、性格悪い。さいあく。さすが単独行動が多いS型なだけある……」
「それだと、僕も該当するんだけどね」
「あ、えっと、ごめんなさい、4Sさんのことはそんな風には思ってないけど…」
「でも、君のポッドからの救援要請に即応したのは、あいつだよ。あのタイミングであの距離だと、僕だけじゃ君たちを助けられなかったし」
「同感:あん時はナインズパイセンのガチでヤバめのイミフ射撃じゃないと、10っち助けられなかったっす。まあ正直、4ちゃんの単独の多段ハッキングだけだと無理めな感じ。4ちゃん現地調査と潜伏・撹乱専門なんで実はバトル苦手なんっすよ」
「う〜〜……、それは、それは、わかったんだけど、むかつく……」
「あら、でもあなた、元気になったじゃない」
「え?」
「さっきまで、自己メンテナンスも出来ないくらいに茫然自失してたのが嘘みたいね。内部データもオールグリーン、クリア。異常なし」
「……あ、言われてみれば」
「おおかた、9Sが言いたい放題言ってきたからついカっとなって忘れちゃったんでしょう。あなた、そういうところ単純だから」
「ううう……否定できない……」
「へえ、あの状態からもう回復出来るんだ。流石メンテナンス特化タイプ。君みたいなアンドロイドが来てくれるなら、きっとリーダーも歓迎すると思う。もちろん僕も。あ、でも、あくまでも安全な場所だからレジスタンスキャンプに向かうっていうだけで、無理に参加しろとはいわないけど」
「4Sさん優しい、気を遣ってくれてありがと、アイツとは大違い」
「ナインズと違って僕は適当なだけなんだけどなあ」
「でもでも、最初に助けに来てくれたのが4Sさんでよかった。逆だったら、私絶望しすぎて敵の中にそのまま突っ込んでったかも」
「それは言いすぎ。あなたそういうことするタチじゃないでしょう」
「モノのたとえ!たとえ、です!でもでもも〜〜ほんと無理、出会い頭にあんな風に言われたら、顔面ぶん殴って逃げ出したくなる!」
「だから、あなたそんなこと出来ないでしょう?だいたいデフォルトの状態だって9Sとあなたの近接戦闘力の差は絶望的よ」
「ポッドのいじわる……」
「そうだ、一応君たちのことは、僕らのリーダーであるアネモネに報告しておくね。生き残り部隊の捜索も任務だから。021、通信を繋いで」
「りょ、アネっさんすね」
「こちら4S、廃墟都市中央にて、ヨルハ部隊の生き残りであるヨルハ十号H型および随行支援ユニットを保護しました。はい、詳細はわかりませんが、おそらく彼女が最後かと……ええ、外傷も内部損傷も皆無で、非武装です。はい、わかりました。僕と021で護衛しながらキャンプに戻ります。それと9Sは"散歩"に向かったので、遅れて戻ると思います。はい、了解しました」

 4Sの状況報告を、なすすべもなく10Hは見守る。降下して一日目、それも一時間も経たないうちに、強烈な洗礼とともに彼女の地上生活は始まったのだった。



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2017年08月18日
公開
2017年08月29日
公開